2015-09-29

なんでもかんでも捨てちゃいます(非定期更新)

僕は今まで多くを捨ててきた。
それは社会的なカネとか地位とかはもちろんそうだし、
最近は趣味の領域にも広がってきているし、
ついに神秘行に対してもそのような傾向にある。

昔は神秘行に憧れをいだいていた。
それは超人になるとか仙人になって不老を目指すとか、
そんなことを真剣に考えていた。
近頃神秘行の段階は段々と深まっている。
でも、最近は神秘行に対する欲望も無くなった。

僕は様々な欲望を捨ててきたことによって、
ついに僕自身がニュートラルな状態になりつつある。
普通の人は社会的なことに必要以上の欲望を持つ。
僕はそれがない。
ちょっと変わった人は、精神世界に必要以上の欲望を持つ。
僕にはそれがない。

僕は人間として存在しているのに、
何にもなくなった空っぽのような人間だ。
だが、ただ空っぽではなく、満ち足りた空っぽなのだ。
不自然さが全く無くなって、
自然のまま世界に漂っているようだ。

それでもこんなことを書くぐらいだから、
きっとまだ人間らしさは残っているのだろう。
僕は不自然なままどんなに頑張った所で、
自然に生きることよりも幸せになるとは思わない。
だったら世界にプカプカ浮かんでいるのもいいだろう。
それを楽しむのは、欲望を捨てた人生の醍醐味かもしれない。

2015-06-10

気の科学 【非定期更新】

科学的な気の考察というのは、もっと本格的に行われるべきだと私は思っている。

近年の健康、長寿的な志向からすると、気功やヨガをベースとした神秘行は、
もっと情報が一般化、合理化されて当然だと思うが、
案外大した進展は無いように思う。

私自身、もっと有力な情報が目につく所に出回っていれば、
何も苦労して、技術の大半を独学で開発することもなかったかもしれない。
まぁ、それは苦しい側面も多かったが、自分の成長のためには良かったとも言える。

神秘行も合理的な技術の集大成であると思うし、
多くの人にとって、それに人生をかけるかはともかく、
その技術の一端でも利用する価値は大いにあると私は思う。
だが、それらの多くは、まだあまりにマイナーなジャンルであると言える。
気とか気功という単語ぐらいは知っていても、その内容を知らないのが当たり前だし、
チャクラだとか、小周天に至っては、変人扱いされてもおかしくはない。

筋力トレーニングなどは、誰でも少しは行ったことはあるのに対し、
瞑想などは、一回もやったことが無いといったレベルが一般的なのではないだろうか。

どうもその扱いが嘆かわしいというか、もったいないというか。
もう少し世の中も、こういった技術に興味を示せば、
様々な情報が出回ってやりやすいだろうなぁと感じてしまうのだ。
まぁ、だから私も少しでも情報提供を行って、
こういった技術の利用価値について書いていく必要があると思っている。

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