2013-02-28

自己対話の方法

自己対話の方法

では本題の自己対話の方法についてお話します。

まず現実のメモ帳かパソコンのテキスト(メモ帳)といった、
なるべく見やすく自由に書き込める媒体を選びます。
人によって慣れている媒体、例えばwordなどでもいいかもしれません。
(私はパソコンのメモ帳の方がやりやすかったのでそちらを使いました)

対話の題材はなるべく決めて置きます。
その題材で自分のなるべく深い意識に対して問いかけます。
最初はそううまくいかないことが多いと思うので、
とりあえず自分の問に対して自分で考えて答えを出してみましょう。

問いかけを書き出すと
それについて感覚、直感的、もしくは理性的に返答を返せるように言葉を考えます。
段々慣れてくると問いかけと同時に感覚的答えが出てくるようになってきます。
なるべくそれを正確に書き出せるようになり、
自分で書いているのに自分であまり考えていない状態になります。

補正事項:
言葉は思考、感覚、感情が元になっています。
そのため徐々にこの三つを頭で考えないで体で感じ取れるようになりましょう。
何度も自己とやり取りをしている内にコツは段々掴めてきます。
言葉はあくまで思考、感覚、感情の代用でありシンボルです。
そのためなるべく「これだ」と思うものを選ぶようにしてください。

次に自己対話の注意点についてお話します。
自己対話を始めてみようと思う方は必ず読んで下さい。

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2013-02-26

自己対話とは何か

「自己対話とは何か」

端的に言えば自分で書いた問に対して自分で返答を書く作業です。
感情発散のためなどに文章を書くことはある程度効果的だと思われますが、
自己対話はさらに一歩進んで
自分がもっている素材から解決策を考え抜く一つの手段となります。
また自分を一番知っているちょっとした話相手と考えることもできます。


「私が自己対話を始めたきっかけ」

神との対話に影響を受けてちょっとでも真似事はできないかと思ったのが、
始めたきっかけでした。
最初は言葉の数も少なく、あまり質の良い物はできませんでしたが、
回を増すごとに段々と面白い考えが浮かぶようになり、
後には中々的確な対話ができるようになりました。
現在はもう続けていませんが、
ブログの記事を書く時にはこの感覚などがかなり役に立っています。


「自己対話のメリット」

自分の中で曖昧になっていた考えや出来事を言葉に出すことで
ある程度正確に捉え直すことができます。
対話形式にすることで自分の考えを擬似的に客観視することができます。
あくまで自己との対話なので完全な客観的視点ではありませんが、
一人でモヤモヤした考えを続けるよりは生産的な方法だと思われます。
また文章を書くことになるので文章作成力も若干上がります(笑)


「自己対話の問題点」

私自身一番問題となった点が一つありました。
自己対話の方法を文章で行わず声で行うと
思考がまとまらずただの言葉遊びになり思考も混乱しました。
独言状態の音声対話は危険なので絶対に避けて下さい。
自己対話は必ず形が残る文章形式で行う必要があります。

またあまり長時間の対話は避けた方が良いと思われます。
自己対話に慣れない内は精神的に疲れるためです。
最後に自己対話はあくまで自分の意見の延長線であり、
第三者の意見とは異なる上、必ずしも正しい回答とも限りません。
そのため自分の意見に固執したりしないよう特に気をつける必要があります。
次に自己対話の方法について記載します。

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2013-02-24

自己対話

ここでは自己対話についての記事を書いていきます。

皆さんは自分の考えを上手く引き出せない時や
発想に限界を感じるようなことはないですか?
また感情や感覚が高まった時など冷静に考えられない時はないでしょうか。
そんな時にオススメな方法が「自己対話」です。

「自己対話とは何か」
「自己対話の方法」
「自己対話の注意点」
「自己対話のポイント①」
「自己対話のポイント②」
「自己対話のポイント③」
「私の自己対話記録」



2013-02-24

現実思考とスピリチュアル

現実思考とスピリチュアルをどう組み合わせていくか。

今まで書いたことはスピリチュアルに依存して、
考えることを放棄するのはあまり得策ではない、ということは言えました。
ですがここから先は人によって様々な方法があると思うので、
これが正解とは言えるものがないでしょう。
今回はあくまで極めて私個人の意見としてのスピリチュアルの対応をお伝えします。
(皆さんはもちろん真似する必要はありません、私の一例です)

私にとって一番大切なのは目の前にある課題をいかに合理的に解決するか。
ということに尽きます。
課題を解決する方法としては現実的思考、スピリチュアルなんでもいいのです。
私にとって重要なのはどれが役に立つかということだけです。
従って私は現実的思考でうまく解決出来る問題までスピリチュアル的に考えません。

例えば生きていれば安全に生きようとしてもある程度危険なことはあります。
家の外に出れば交通事故の危険だってあるわけです。
しかしそれで家から全く出ない生活というのも当然難しいわけです。
この時0コンマ以下の確率の危険で利益を損ねるのも馬鹿馬鹿しいものです。

ですが実際に人はいつ死ぬか分かりません。明日の可能性も当然あります。
こういう不安は現実思考でどう対策をしても完全には拭えないものです。
だから私は死ぬ時は死ぬ、それは運命でそれが一番良い結果だ。
と、スピリチュアル的に発想します。

このように現実的にできることはするけど、その先はもう天にまかせる、
といった考え方で私は安心できるからそれで良いわけです。
(皆さんは皆さんで自由に納得できる考えをして頂ければよいのです)
だから普通に考えて解決できそうなら普通に考えて、
それが難しいならスピリチュアルに依る。という発想を私はしています。

もちろんこれはあなたの正解でないかもしれません、
是非あなたはあなたでしっくりくるスピリチュアルを見つけて考えて下さい。
ただし念を押すようですが依存して一面的にはならないように、
これは確率論で言えば失敗することが高い道だからです。それだけご注意ください。

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2013-02-22

真のスピリチュアルについて

正しい(理性的)スピリチュアルは考えることを放棄する手段ではありません。
むしろ考えることを促進して自分の真実を求めていくものです。
これまで書いたように、
スピリチュアルは現実的な考え方にプラスαしていくものだからです。

またスピリチュアルリーダーやスピリチュアル人が言ったことを全て鵜呑みにしている内は
スピリチュアルの本質から離れています。
時には疑うことも必要で、必要でない情報は取り入れないことも重要です。
なぜなら我々一人一人はユニークな存在で、正解は同じとは限らないからです。
だから自分にとって役に立つ情報を取捨選択して、
自分の真実は自分で考え自分で作っていく必要があるからです。
それが真のスピリチュアルです。

何かに依存して思考を止めるのは霊性とは逆の道になることを覚えておいて下さい。
しかし真のスピリチュアルを追求するのは楽な作業ではないかもしれません。
だから何かに依存したいと思う人はスピリチュアルに関わらない方が良いです。
そういう状態でスピリチュアルに傾倒するとまず良い方向には行かないからです。
実際に私はそれで一度痛い目を遭っていて、これは経験談です^^;

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2013-02-22

自己責任について

当ブログでは読む上では自己責任のスタイルを取らせて頂きます。
理由は以下のとおりです。

①当ブログに対する意図的な攻撃を避けるため。
 例えば作為的な言い掛かりをつけられたりしても困るため。

②当ブログを読んだことで利得があったとしても、当ブログ主自体に利得はありません。
 しかし損害だけ当ブログ主が引き受けるというのは不平等だと考えるため。

③当ブログの趣旨が自分で考えて行動するための助力を行うこととしているため。

④当ブログ主は他人の人生にまで大きく介入できず責任はとれないため。

上記を見て分かる通り、
あくまで私は読んで頂ける方と対等の立場で自分の意見を書きたいと考えています。
私が責任を負わないということは見ている方にも強要を望まないとしているためです。

以上、誠勝手な申し出ではありますがご理解をお願い致します。

2013-02-20

正しく読むための具体的な対策②

都合の良い部分だけ見ないようにする対策について。

対策③
対策の③は例外を探すことです。
スピリチュアルな文献には必ずこれこれこうすれば良い人生になる。
ということがよく書かれていると思います。しかし実際には必ず失敗例があります。

これはあるスピリチュアルな文献からの引用ですが
「ワクワクすることをすれば必ず人生が良くなる」という文献を鵜呑みにした結果、
仕事を止めてワクワクすることを始めたら結果生活が苦しくなってしまった。
という例がありました。
これは一例として本から字面通りに考え方を受け入れてしまったために、
失敗してしまった良い例と言えます。

今はインターネットがあるため様々な情報を元に行動してる人の意見を聞くことができます。
スピリチュアルな生き方をして失敗した例も必ずあります。
だからまず成功した例でなく失敗した例を見つけて参考にした方が良いでしょう。
その考え方が実はあまり良いもので無ければ失敗例はたくさんあるでしょうし、
とても有益なものであれば注意点や欠落点を見つけることができるからです。

対策④
対策③と似ていますが対策④は反論を探すことです。
スピリチュアルの文献に関わらずどんな意見でも有名になると、
必ず反論が現れてきます。
その反論を見てそれがある程度理屈が通っているなら参考にすることです。
(単なるレッテル貼り的批判や論理的におかしいものは見る必要はありません)
反論を見ることで一面的視点に偏らず、
一つの考え方を多面的に捉えることができるようになるからです。

今挙げた4つの要点はまず情報を鵜呑みにせずなるべく客観的な視点を得ることです。
こうすることでスピリチュアル人が犯しやすい現実での失敗を避けやすくなるはずです。

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2013-02-18

正しく読むための具体的な対策①

常に良い面だけ捉えないようにする。

スピリチュアルの文献に限らず本に書いてある自分の都合の良い面だけを取り入れる、
ということはほとんどの人が行なっています。
自分の都合の悪い面は無視してしまうわけです。
冷静に悪い面を見ることが出来る人は5%ぐらいと言われます。
つまりまずほぼ全員が正しい読み方をできておらず、
95%の人は大なり小なり自分で都合良く解釈してしまうのです。

都合の悪い面をみるということはとても苦しい作業です。
なぜなら自分が見たくないものを見ることになるからです。
しかしそれをしなければ結果的に人生に悪い影響が出る可能性が高まります。
なぜならスピリチュアルな考え方は人生に影響を与えるほど強い思考だからです。

具体的にどうやってそれを防げばいいのか、
対策法を考えていきます。

対策①
まずは本や文献を一歩離れてなるべく客観的に見ることです。
すぐ納得しないこと、特に分からないことがあればそのままにせず、
必ずその本の根拠や理由を確かめること。
それが自分には適用されない、
もしくは間違いだと思うなら無理に取り入れないことです。

対策②
現実的な観点から本を検証すること。
スピリチュアルな文献の中にはちょっと信じられないとか、
これは現実的に不可能だろうということがあります。
それは無理に納得しないこと。否定は悪いことではないのです。
そのライン引きを怠ると狂信と言われるレベルに入ることになり、
その本の著者は神様に違いないとある種の勘違いを起こします。

考えてみてください。
この世界に絶対的な叡智のある存在が直接本を書いていることはありません。
必ず人間が書いています。あなたと同じ人間です。
ある種の神から啓示をもらうようなチャネリング形式の文献もありますが、
間に入ってそれを形にするのは人間です。絶対的な神様ではありません。
人間が間に入る以上必ず人間らしい間違いもあります。
スピリチュアルな本にも必ず間違えることはあるのです。
それを念頭に置いた上で読んでいく必要があります。

対策③からは次に記載します。

次「正しく読むための具体的な対策②」

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2013-02-16

スピリチュアルの正しい読み方②

スピリチュアルは人生にちょっとした指針を与えてくれることはあります。
それ自体はそれほど危険なことではないでしょう。
一つの選択肢、方向性があるのは良いことだと思います。
しかしそれに囚われてしまうと話は別です。

例としてスピリチュアルの考え方はコンパスのようなものだと私は考えています。
人生に一つの指針を与えてくれる道具みたいなものです。
あなたはコンパスを持つことによって自分の向かうべき方向が見えてきます。
それ自体は良いことでしょう。

しかし地図とコンパスばかり見ていたらどうでしょうか?
目の前に大きな岩や崖といった障害物があれば、
コンパスはこっちを示しているからと真っ直ぐ行こうとしても無理な話です。
それでも無理に進めばケガをするに違いありません。

つまりこれは現実世界とスピリチュアルの比喩で、
目の前の道をしっかり見ていくという現実的な思考は当然必要だということです。

だから現実的な思考をただスピリチュアルに置き換えるというのは間違いなのです。
現実を見た上でスピリチュアルというコンパスを使って進むことができるわけです。
コンパスは今よりも良い道を提示してくれることはあるでしょう。
しかしそれはあくまでも道具の一つでコンパス至上主義となってはいけないのです。

だから私はスピリチュアルと現実のバランスが必要だと考えています。
スピリチュアルを好む人はコンパス至上主義になってはないないでしょうか?
常にその点に気をつけて頂きたいと私は思っています。

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2013-02-14

スピリチュアルの正しい読み方①

このブログを見ている方はスピリチュアルに関心がある方と思いますが、
それを実践したことでかえって前より悪い状況になったことはないでしょうか。
もしかしたらそれは間違ったスピリチュアルの読み方をしているかもしれません。
今回は例え話でその問題点を見てみようと思います。

ある所にAさんという人物がいたとします。
Aさんはスピリチュアルに強く傾倒している人物で、
常にそういう本や人物から得た考え方で動くということにします。
Aさんはある時このようなスピリチュアルな文献を見ました。
「人生はこれこれこういうルールを守れば必ずうまくいくから何も心配ない」
たまに見かけるようなスピリチュアルな文章です。

これをきっかけにAさんはそのルールを守って何も心配しなくなりました。
そしてAさんはお腹が減ってもご飯を食べる心配はないんだ、
あの本に書いてある通りに生きていれば必ずうまく行く人生になるんだ。
と考えた結果そのうち体調も悪くなり餓死してしまいました。

皆さんはこれをどう捉えるでしょうか?
Aさんは本に書いてあることを忠実に守ってはいるでしょう。
その点においてAさんは間違いを犯していないはずです。
Aさん自身としても何も心配せず死んでいくことができたのですから、
案外幸せだったと言えるかもしれません。
しかしある程度常識的な考え方を持っている人からすれば、
これは間違いであると思うのではないでしょうか。

この考え方は実に重要です。
ここまで極端な例でなかったとしても、
大なり小なり人は書いてあることを鵜呑みにした結果、
現実的には失敗を犯してしまうことはあるはずです。

世にあるスピリチュアルな文献は、
実際その字面通りに受け取ると現実的に失敗する例が多いと思われます。
というのも今ある現実的な考え方の上に付け足して行くのが、
スピリチュアルには必要だからです。
だから現実的な思考を壊してまでスピリチュアルな考え方を受け入れてしまう。
というのは、現実生活を行う上で害悪になる恐れが強いということです。
Aさんはまさに現実的な考えを捨ててスピリチュアルに傾倒しすぎた結果、
現実的におかしくなってしまった極端な例と言えます。

スピリチュアルな文献を見る上で大切なのは、
スピリチュアルの考え方をただそのまま受け入れるのではなく
それをどう現実に活用するか自分で考えることです。
そしてそれが自分に合わないのであれば素直に捨てることも必要です。
ブッタの教えにも自分にとってその教えが必要なくなれば捨てることが大事であると言われ。
つまり臨機応変に現実に対応することが必要なのです。

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2013-02-14

スピリチュアルの正しい読み方

ここではスピリチュアルの正しい読み方を考察していきます。

ここで提唱する正しさとは絶対的な善悪ではなく。
なるべく理性的かつ合理的にスピリチュアルを捉え、
あくまで現実から逸脱するような読み方を避ける方法を考えていきます。
またそこからスピリチュアルに対する考え方を書いていきます。

「スピリチュアルの正しい読み方①」
「スピリチュアルの正しい読み方②」
「正しく読むための具体的な対策①」
「正しく読むための具体的な対策②」
「真のスピリチュアルについて」
「現実思考とスピリチュアル」
「理性的な判断をするためには」





2013-02-12

犯罪者

「犯罪者」

犯罪者という存在に対して多くの人はプラスの面を見いだせません。
なぜなら犯罪者は悪であり。撲滅されるものであるからということでしょう。
しかし本当にそうでしょうか。
発達した社会なら犯罪者も犯罪を起こそうと思うでしょうか?
私は犯罪者を社会のシステムの欠点を見つける存在と見ています。

例えば、お金を目当てに犯罪を起こす人は分かりやすい例です。
社会自体がお金に重点を置き過ぎたり、富の偏重が大きくなれば、
お金を目当てにした犯罪が増えるのも当然のことです。
これを犯罪者が全て悪いと割り切ってしまうのは簡単なことでしょう。

しかし、ちゃんと問題に対処しようとするなら、
そこで立ち止まらず、なぜ犯罪が起こるのかということに着目しなくてはないけません。
犯罪者に対して刑罰を課するな、というのではありません。当然処分はあって良いです。
しかし、犯罪を起こしてしまう環境を変えていかねば、
いつまでも犯罪は減ることはないでしょう。
被害者と加害者はシステムの欠点を身を持って指摘しているのです。

我々のシステムが彼らを犯罪へ駆り立てる要因を作ってはいないでしょうか?
生きる上で必要な金は?満たされた環境は?十分与えられていたでしょうか。

そして犯罪を犯しても意味のない社会を作ることができなければ犯罪はなくなりません。

私達はそろそろそういった問題に対して重い腰を上げねばならぬ頃でしょう。
他人まかせではなく自分がやれることをする必要があります。
まず行動の前に思考の変化が必要です。
なぜなら犯罪者も人間で私達と同じで、
私達がいつ彼らの側になっていたとしてもおかしくはないからです。

     

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2013-02-10

感情

「感情」

感情は人間の持っている観念の鏡です。
観念がなければ感情は生まれません。

例えばあなたが誰かから「バカだね」と言われたらあなたは怒るかもしれません。
しかし、バカという言葉がバカということは良いことだ、
そう前向きに捉える人がいたら全く怒ることはないでしょう。
バカという言葉に自分がどういう観念を持っているのか、
ということが反映されるのです。

ですから、感情をコントロールするには観念を変えるしかありません。
智慧者の観念のあり方は囚われない状態にあります。
「あなたはバカですね」と言われたら「そうですね」と言えるのです。
否定も賛同もせずに、ありのままを受け止めることができます。
良い悪いという観念に囚われていないから感情が昂ぶることはないのです。
こうすることが出来れば心に葛藤も出来ないし、常に平安でいることができます。

そのためにはどうするのかと言うと、
まず、一つの方法は物事を善悪という観点だけで考えず、
どのような事柄にも利点と欠点があることを理解することです。

一つの物事を多面的に考えることが出来ない時、人は苦悩します。
例えばバカと言われる事柄でも、
必要以上のことを考えない人間であれば「悟り」にも近いものではないでしょうか?
あれこれ思い煩うより余程純粋な状態に近い、と私は思います。
これはいわゆる見方を変えるリフレーミングというテクニックです。

ですが、私は利点だけ見ないで欠点も素直に見ることが大切だと思います。
どんなことにも利点と欠点を見ることができれば、
必要以上に心が動かされることもありません。
どんなこと、どんな状況にも囚われないニュートラルな発想ができます。
これは「道」の心得で内なる宝なのです。

      

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2013-02-08

ただ在ること

「ただ在ること」

生きていく上で偉大な成果を上げることもいいでしょう。
華々しい生き方をするのも一つかもしれません。
ですが一番重要なのは、ただ在る、ということです。
そして、ただ生きていくということです。

ただあなたが存在している、ということが実は一番重要なのです。
あなたがこの世界で生きている。
それだけで世界の全てに影響を与えています。

華々しく人より優れて生きようと努力しないといけない、
というわけではないのです。
成果を求め過ぎて生きることをあきらめてしまうのは本末転倒です。

今日一日はただ在りましょう。あなたは存在しています。
それは親が子供にただ居てくれるだけで、ありがたいことと同じで、
神(創造主)にとっては、あなたがただ存在することは嬉しいことなのです。

     

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2013-02-06

本当に良い物

「本当に良い物」

本当に良い物というのは気付きづらいものです。
幸せは無くなってから気づく、というのはよく言われます。

これを例えで噛み砕くと、
私達は普段呼吸している時に肺を意識することはありません。
しかし、喘息など息が苦しくなる状況に置かれると、
人は自分の肺の良し悪しを感じるでしょう。

ですから、最上に良い存在というのは、まず多くの人間が気づかないです。
気づかない程、それが当たり前になってしまっているからです。

最上の徳がある人間は気づかれにくいもので、
次に良い人間は褒め称えられ、
その次は周りから恐れられ、
最後の人間は馬鹿にされる、と古来より言われています。

神(創造主)の働きが日頃気付かれづらいというのは、
それが最上で当たり前になっているからです。
ありえない例えになりますが、
仮に神が居なくなれば肺を失った人間のように世界は滅びてしまうでしょう。

         

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2013-02-04

修身

「修身」

価値のあるものを得ようとして財宝や宝石を得るのもいいかもしれません。
ただこういったものは弱々しい。
いつどんなことで無くなっても不思議ではないのです。
こういったものを得て守ろうとすると、それだけで大変な労力が必要でしょう。

ですから、智慧者はもっと別の形の富を蓄えようとします。
それが内面の修身です。
これは自分の内側に価値あるものを見つけるということです。

    

内面の価値とは例えば自分の能力や人間性を磨いたり、
自分そのものに付加価値を見出すことです。
ある程度物質的に充足していれば、内側に価値を置く方が良いと私は考えています。
自分の内側に価値の高いものがあれば、決して無くならない財産で安心だからです。

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2013-02-03

当ブログの著作権について

当ブログはリンクフリーです。個別ページも自由に直リンク可能です。
連絡もいりません。ただし画像を直リンクで呼び出すのは禁止です。

当ブログの記事や画像は他所から引用している部分もありますので、
転載、二次使用は許可制にさせて頂きます。
もし転載や引用を希望される方は、
管理人連絡からメールを送るか、当サイト掲示板に書き込みの上、
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もし著作権や利用規定に反しているものがありましたら、
確認の上適切な処置を行いますので、
お手数ですがプロフィールの管理人連絡から御一報お願い致します。

2013-02-03

男性的な力と女性的な力

「男性的な力と女性的な力」

男性と女性は、互いがそれぞれの性質を有しています。
単純な話をすれば女性的な力は生命や世界を創造し育んでいくことができます。
男性的な力は世界を破壊するようなエネルギーで新たなる革新を生むのです。

創造と破壊は表裏一体であり、それぞれが両立するために必要な力です。
ですから、男性と女性はそれぞれが素晴らしいものであり公平なのです。
それぞれが必要なものであり、どちらが優秀なのかというのはナンセンスです。
コインの裏と表でどちらが優秀であるか、と言える人間はいないはずです。
ですが、男性と女性は違う長所を持つので、うまく活用しなければなりません。

        

そして男性は女性という存在を否定してはいけません、
それと同時に、女性は男性の存在を否定しない方がよいでしょう。
これらは一体の物だからです。
コインの片側を否定することはコインそのものの否定なのです。
異性の存在を否定することは、即ち己の否定に他ならないからです。

また男性は女性的な部分も持っているし女性も男性的な部分を持っています。

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--関連記事--
「若者と老人」
「陰陽」

2013-02-02

神について

「神について」

あらゆる側面を持つ神(創造主)は崇め奉るような存在ではありません。
確かに一部には崇めたくなるような側面も当然あります。
しかし、我々は神と同じものから作られていて、
同じ土台の上にいる、ということを考えるべきです。

確かに神とは何処か遠く、
例えば宇宙の外側にいて世界を全て支配している、とか考えたくなるのも分かります。
そういう側面もあると思いますが、もっと身近な側面も有しているのです。

例えば鳥が朝になって鳴いているのは、神のおはようという声です。
家を出た時フッと心地良い風が迎えてくれるのは神の挨拶です。
友人から突然遊びの誘いが来るのは神が今日は遊んで来たら?
と問いかけているのです。

神とは「大いなる全て」という存在です。
ですから、神は鳥の鳴き声であり、風であり、友人でもあり宇宙の支配者でもあります。
神とはそういうあらゆる形を取るのです。


      

優秀な学者は世界の仕組みの綿密さに驚くでしょう。
まるで人知を超えた意図を感じるはずです。
そういった神が人間の世界だけは何もしてない、
というのはむしろ人間だけは特別だと思う傲慢な冒涜です。

生命(人間)は形を変えた神と同じであり、神にとって生命は子供のような存在です。
例えるなら水は気体にもなり液体、固体にもなります。
そのように神と精霊と生命は同じものであり、これは同質のものです。

子供に崇拝されても親としては困ると私は思います。
だからもっと親子らしく自然に神と関わったほうがいいでしょう。

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2013-02-01

与える時の注意

「与える時の注意」

助けることと甘やかすことは違います。
与える側はこのことを常に気にかけなければなりません。
この違いは与えられた人間が力を損なうかどうかの違いです。
与られた人間が健全な状態でいられるかどうかということです。

例えば人に何か分け与えるにしても、
相手があなたに長い間依存してしまうなら失敗である可能性があります。
(与えなければ死んでしまうというような例外はありますが)

人を依存させてしまえば、人の力を奪うことになるからです。
そういった与える行為は甘えを誘発しています。
そうなれば与えるという当初の崇高な意識からは遠のいてしまいます。

相手を自分なしでもいられるように援助する。
こういうことができれば真の奉仕者で、神の働きにも近いものです。

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2013-02-01

集合定思考3


「与える時の注意」
「神について」
「男性的な力と女性的な力」
「修身」
「本当に良い物」
「ただ在ること」
「感情」
「犯罪者」
「受け継ぐ」
「内側の成功」
「徳の道」
「循環と死生観」
「存在するなら価値がある」
「富の扱い方」
「霊性の最終試験場」
「自分で答えを出す世界」
「世相を表す」
「宗教と真理」
「徳について」
「時には悪人のように実行する」


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