2013-04-29

シンプルな言葉

「シンプルな言葉」

分かりづらい言葉だけで語ろうとする人は、一部の人間には喜ばれるでしょう。
分かりづらいというだけで、人は何かすごいものかもしれない、
といった感情も生まれやすくなります。
ただ、喜ばれるというだけで役に立つかというと、それは難しいと言えます。

ですから、私は難解な言葉で並べられたものを好みません。
私にとって利益になることがないからです。

平易でシンプルな言葉には力があります。
しかし、力があるがゆえに誤解には気をつけねばならりません。
そして平易な言葉は理解できるがゆえに危なげでもあるのです。
それは人に対して影響力を持ち、人の理解できる領域に踏み込むからです。

難解な概念を平易な言葉に置き換えるには本当の知的さが必要です。
誰でも誤解なく理解できるようにシンプルにする、
ということは簡単なことではないのです。

単純は難解に勝ると私は考えています。シンプルイズベストです。
難解に考えることは楽しいかもしれませんが、
それが役に立つかというと、空回りになることが多いでしょう。
元々難解さに役立つことを求める方が間違いかもしれません。
ですから、私はなるべく平易でシンプルな言葉で文書を作るように努力しています。

   

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2013-04-27

+1

「+1」

人間は飛び抜けて秀でてしまうと、普通に生きることに向かなくなります。
指導者と呼ばれる人間さえも、普通の人間より一歩んでいるだけで十分なのです。
あまりに差が出過ぎると、円滑な意思疎通すらままならなくなるからです。

人間と猿では綿密な意思疎通が出来なように、
あまりに卓越しすぎると、一般人とお互いに理解できなくなります。
そうなると卓越した人間は、孤独ないしは少数の同族と生きるほかありません。
ただ、そういった人間は少人数でも世界に強い影響を与えます。
ですから、世界の進化には貢献できると言えるでしょう。

しかし、そういった人間になろうとすると大変な努力と才能が必要ですし、
もしなったとしても、なった後も大変です。
あなたが今猿並の生活ができないように、
卓越しすぎた人間は常識の世界の中で生きることが難しくなるからです。

そういう人間にとって、常識の世界は自分の足かせとしか感じません。
常識の世界とは多くの一般人が作るものなので、それに合わせられなくなるのです。
しかし、別にそんな人種にならなくとも十分なのです。

重要なのは今より自分が一歩ないし半歩でも進むことです。+1で十分なのです。
1人の卓越した人間が10歩進むより
100人の人間が1歩進む方が大切なのです。
その方が世界の進化には重要だからです。

だから、私は自らの飛躍のために修行僧のように悟りの道に入るつもりもありません。
私が人より一歩進んでいる、とは言えないかもしれませんが、
精神世界であれば、半歩ぐらいは一般人より進んでいるかもしれません。
ですから、それを利用して人に影響を与えれば良いと思っています。

     

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2013-04-25

危なげな時代

「危なげな時代」

これから世界の進化はさらに加速するでしょう。
一番顕著なのがコンピューターというシステムの発達です。
ただ進歩が早いことは、危なげな状態でもあります。

便利な道具とは鋭い刃物に似ている、と私は考えています。
使い方を守れば便利と言えますが、使い方を誤ると危険なものとなるからです。
今の人類に発達した科学というのは、子供に刃物をもたせる不安と重なります。
文明の利器というのは人間が使うためにあるものです。
人間が扱うには、扱う人間が道具をしっかり使える明智がないといけません。

果たして、このまま人間が発達した科学を手に入れて大丈夫なものか?
それが私には危惧するところであります。しかし世界の進化とは止められません。
人類は大きな壁に立たされつつあります。
例えば争いのために発達した科学を使うことになれば、
その力はとても危険なものとなるでしょう。
下手をすれば人類そのものを脅かすことになるかもしれません。

   

つまるところ人間は発達した科学を手にする前に、
発達した精神性を持たなければならないのです。
そうでなければ刃物で遊ぶ子供のようにケガを負いかねないからです。
しかし、それが科学の発展の速度に間に合うかどうか、
それが恐ろしい所でもあります。
だから、私もこうして精神世界の変容に少しでも助けになればと思っています。

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2013-04-23

妥協するから獲得できる

「妥協するから獲得できる」

何かに力を入れるということは、
それ以外のどれかを妥協することに他なりません。
妥協した分だけ力を入れることができるのです。
また選択するということは、
選択しなかった選択肢を捨てることです。
人生が選択であるというならば
妥協こそ重要な視点であることが分かります。

例えば一心不乱に目指したい、達成したい夢があるなら、
それ以外の事柄に時間や力を掛けることは難しいでしょう。
これはある種の妥協と言えます。
夢を追うためには、日常で夢以外に関する事柄を妥協する必要があるからです。

ですから、何を達成したいかという思考も当然必要ですが、
それと同時に物事を達成するためには、何を妥協するか?何を捨てるか?
という発想が非常に大切です。
何を達成したいか夢だけを語るのは子供までの思考です。
大人は何を妥協して何を捨てるかまで考えねばなりません。
あれもこれもと全てを取ることは、超人でも無い限り不可能だからです。

    

右を向きながら左を向くことができません。それと同じように、
今私達と私達がいる世界は時間的、空間的に制限が存在します。
単純な例でAかBのどちらかしか獲得できない、ということはよくありえることです。
そんな時Aは不要だから捨てるがBは必要だから獲得する。
そういった合理的思考が人生をより良く生きるためには必要です。
仮にAもBも手に入れるということは、それ以外で代償を求められることになるのです。

ですから、何が必要かと同時に自分の人生には何が不要か、
そういったことの見極めが、より良い人生を送るためには重要です。
そして不要な物は下手に獲得しようとしないで妥協し、
同時に必要なものを獲得していくことが大切です。

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2013-04-21

99の真実と1の嘘

「99の真実と1の嘘」

1つの嘘を相手に欺き通そうとするならば、
99の真実や信頼を相手に与えておかねばなりません。
つまり嘘を真実にさせためには、
嘘以外を全て真実や信頼で固めておく必要があります。

嘘も方便という言葉もある通り、
人には嘘をつかないと損なう、という場面がたまにやってきます。
しかし、普段から人を偽ってばかりいると、
どうしても偽る必要がある時に、欺くことができなくなる可能性があります。
それは人間としての信用がなくなっているからです。

日常で嘘をつかないことで信頼のメーターが上がり、
信頼の値が高いほど一回ぐらい嘘をついても欺ける可能性が高まる、
と、考えてもいいでしょう。
ですから、どうしても嘘をつかなければならない時のためにも
普段は正直に誠実に対応する方がいいでしょう。

そしてこれを理解して悪用しようとする人間にも注意が必要です。
たとえ本に書いてあることが99%が真実だとしても、
1%の嘘を信じさせたいがために99%の真実を書いているかもしれないからです。
ですから、出来過ぎていることにも注意が必要です。
99%これは真実だと思っても注意を怠ってはならないのです。

   

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2013-04-19

切り捨てるなら切り捨てられる

「切り捨てるなら切り捨てられる」

他者を一方的に切り捨てる人間は、いずれ他者から一方的に切り捨てられます。
他者を批判する人間は、いずれ他者から批判されます。
他者を苦しめる人間は、いずれ他者から苦しまされます。

精神世界では他者に対する行為は、自分に対する行為だと言われます。
それは自分の行為が、いずれ自分に帰ってくることを経験的に知っているからです。
良いものであれ悪いものであれ、与えたものが帰ってくる、
そういった見えない力は昔から賢者には理解されていたでしょう。

そして、この力の恐ろしい点は可視化することができないことです。
もし他者を苦しめることで、自分がいずれ苦しむ姿や、
他者の憎悪が形となってはっきり見ることができれば、苦労はないでしょう。

    

さて、他者を一方的に切り捨てるならば、
いずれ自分も一方的に切り捨てられる、という覚悟がなければ後悔することになるでしょう。

ここで自分だけは特別という「ひいき」は宇宙には通じません。
また、悪徳な行為を誤魔化す手段は存在しますが、それらは時間稼ぎに過ぎません。
借金の返済を伸ばしているというだけです。
人は欺けたとしても宇宙は欺けません。

宇宙の網は一見逃げられるように見えて絶対に逃げられないのです。
いずれ悪徳をきっちり決済する時が来ます。

宇宙はこういう仕組みになっていますから、人は誠実に生きる方が賢いと言えます。
悪徳を重ねて身を立てたとしても、栄えていられるのは一時です。
必ず後から、その栄えた分だけ苦しみが生まれるからです。
それはたとえ死んでも逃れることはできないでしょう。

私は地獄を信じていませんし、そのことを言っているのではありません。
ですが因果応法のバランスは必ず取られるということです。

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2013-04-17

天国と地獄

「天国と地獄」

私は天国と地獄の例えとしてこんな話を見たことがあります。
ある人が天国と書かれた扉と、地獄と書かれた扉の前に立っていました。

まず、彼は地獄の扉を開けてみました。

すると食卓に人々が腰掛けていて、
人々は椅子に体を縛られて腕だけ動かせるようになっていました。
人々の腕には長い剣が巻きつけられていて、
それが邪魔になって一人ではうまく食事ができませんでした。
人々は皆四苦八苦して食事をしようとするのが地獄でした。

次に彼は天国の扉を開けてみました。

彼が目にした人々は同じ状態でした。
ただ一つ違ったのは、長い剣を使って他人の口に食事を運ぶ姿でした。
するとそれを食べた人のお返しに、食べさせてくれた人にも食事を運んでいました。
そして、人々は皆が満腹になるまで食事を行い皆満足していたのです。
めでたし、めでたし。

これは、この世界の真理を端的に表した例え話だと思います。
世の中には少なからず、地獄と同じような生き方に従っている方もいるのではないでしょうか。
それどころ現実はもっとひどいかもしれません。
剣を使って傷つけあってるかもしれないし、
もっとひどい人間となると、食べ物を運んでくれた人間を傷つける真似さえします。
そして、最も下劣な人間はそれを見て喜ぶかもしれません。

この剣が能力や富という言葉に置き換えると、現実にも応用できる話だと思います。
せっかく剣という道具があるのに、
誰のためにもならないどころか、かえって害のある使い方をしてしまうのです。
それは全く神(創造主)の意図に反すると言えます。

この話を見て、馬鹿馬鹿しいと思うか、一理あるなと思えるかで
あなたが天国へ行くか地獄へ行くかが決まるかもしれません。
さて、あなたはどちらの道に進んでいくでしょうか。

  

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2013-04-15

こだわらなくなれば一人前

「こだわらなくなれば一人前」

物事を本当に理解し始めると、こだわらなくなってきます。
何かに囚われてしまう、という状態はまだ十分ではありません。

自分がものごとに対してこだわっているかどうかは、ある程度分かります。
~は絶対に自分に必要だ、~は必ずしなくてはならない。
こう考えているものの数が多いほど、あなたは何かにこだわっているでしょう。
何事も最初の内はあれもこれも必要と考えてしまって、何が本当に重要なのか見えません。

しかし、ものごとの理解が進むと有用なものと不要なものが段々見えてきます。
そして、不要なものは重要ではなく特に必要ではない、と分かってきます。
そうしてこだわりが減り始めたら、徐々に進歩した状態に近づいている、と言えます。

   

では、人生における理解を深め、こだわりを減らすにはどうすれば良いか、
まず、自分の価値観や思考は人や周りに頼るだけでなく、自分で考えて答えを出すことです。
人や周りの意見を自分の思考のパーツとして使うことは良いことですが、
人から与えられた価値観や考え方に、そのまま依存するのは止めたほうがいいでしょう。

自分以外の思考や価値観に依存すると、自分にとって本当に必要ないものまで
必要かもしれないと考えるようになるからです。
他人の価値観にとって必要なことでも、実はあなたには必要ではないかもしれません。
自分以外の価値観に依存すると、余計なこだわりが増える可能性が高いと言えます。
重要なのは自分の頭で必要なものを考えることです。

ですから、与えられた価値観や思考だけで満足するだけでは、もったいないと言えます。
自分が生きる上で一番有用な価値観は、自分で創るという選択もあるからです。
そうすることで他人や周りの価値観に従って生きるのではなく、
不要なこだわりが無いスマートな人間として存在することができるからです。

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2013-04-13

権力者と大衆

「権力者と大衆」

人々を支配しようとする権力者というのは、
一人で成り上がることは出来なかったでしょう。
彼らをその地位に導いたのは、大衆と言われる多くの人間です。

人々が競争を重視し、競争に強い価値を与えるから、彼らは競争で勝ち抜いて権力を手にします。
人々が金や物を重視するから、彼らはそれを餌に人を上手く操ろうとします。
人々が名誉を重視するから、彼らはそれを人に与えておいて無くすことの恐怖で心を支配します。
人々が権力を重視するから、権力がより強固な力を持つ社会に向かってしまいます。

横暴な権力者を生み出す元凶というのは大衆が生み出すのです。
ですから、まず己の思考を見直す必要がある、と私は考えています。
それを差し置いて世界が変わることを期待するのは勘違いです。

ある程度の社会的向上心は豊かになるために必要だと思いますが、
得ようと得ようとばかり考えると、それを巧者に利用されるのです。
権力者はそれを利用して自分の立場をより堅固なものにしようとします。




ですから、一人一人の意識が変わらねば世界が変わることは期待できません。
そして権力者も人々を支配する、という方法でしか自分を表現できなかった被害者とも言えます。
これは彼らから一人一人に変わって欲しいと言うメッセージです。
彼らは悪魔の皮を被った天使かもしれません。

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2013-04-13

集合定思考4


「権力者と大衆」
「こだわらなくなれば一人前」
「天国と地獄」
「切り捨てるなら切り捨てられる」
「99の真実と1の嘘」
「妥協するから獲得できる」
「危なげな時代」
「+1」
「シンプルな言葉」
「人に分け与えるには」
「やりたいことは今始める」
「人間育成」
「神の視点」
「内面の進化」
「天秤のような公正さ」
「能力が高いと」
「もし私が」
「競争主義について」
「善悪や正邪で判断しない」
「神のメッセージ」


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2013-04-11

時には悪人のように実行する

「時には悪人のように実行する」

普段の行動の良し悪しは、すぐ結果に影響しないことも多いと思います。
しかし、後になってそれが響いてくることがあります。
特にそれが争いや闘争と絡むと、強く影響することが多いものです。

後ろめたいことがあって、そこを追求されると人は強く戦えないのです。
それでも無理に強く戦おうとすると、破滅を招く可能性が高いと言えます。
政治家のスキャンダルのように権力争いの例は分かりやすいかもしれません。
普段から胡散臭いことをしてると、いつ揚げ足を取られることにもなりかねません。

従って損得の観点で見ても、人生で悪徳となることはなるべく避けるべきです
特に日常の中には悪徳となる要素を極力少なくするべきでしょう。
なぜなら、それがいつどこで人生に悪い影響を与えるか分からないからです。

ですが、一つ重要な点を話しますと、
ここぞという所は多少の悪徳を覚悟して行動しなければいけないことがあります。
人生においてここさえ突破すれば多くの問題が解決するといった時は、
強引に実行しなくてはならないこともあるのです。

しかし普段は真面目に誠実に生きるほうがいいのです。
なぜなら、普段から行いの悪い生き方をしていると、
一番重要な時に妥協しなければならないこともあるからです。
人生の大切な時に妥協しないためには普段は真面目に誠実であるべきなのです。

ですから、人間は真面目すぎても、根っからの悪人になっても良いとはいえません。
普段は真面目に誠実に生きている方が良いと言えますが、
自分の人生にとって重大な場面では、
たとえ多少の悪徳を覚悟しても実行する悪人のようになる必要があるからです。



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「ピンチの思考」---ピンチを切り抜ける発想とは

2013-04-09

徳について

「徳について」

徳は思想的に東洋から西洋まで語られていて色々な意味合いを持ちますが、
私自身、徳は精神的な意味合いに加えて物質的な解釈もしています。
というのも徳という概念の実用性を考えているからです。
ですから以降に語ることは私見ですので一般的な解釈とは異なります。

徳は空想の産物ではありません。
それは見えない力でありエネルギーです。
そして徳は決まった形を持たないのです。

徳は現代社会の概念に例えれば信用と似ている、と私は考えています。
信用は物と違って目で見ることはできません。
しかし、それは働きがあると言えるでしょう。
信用はそれがあることで様々な利益を生み出します。
それは時にビジネスとなったりお金に変わったりします。

しかし、信用の具体的な利益はこれだ、と言い切ることはできません。
なぜなら、形が変化し、数字にもできず、目には見えないからです。
しかし、その働きが存在するということは分かるはずです。
徳とは、この信用と同じもので人生に影響を与える見えない力、と私は考えています。
ですから、徳を多く獲得していれば、様々な良い形となって自分に返ってくるのです。

ではどうすれば徳を獲得できるか。
それは人に何かを与えることです。
与えることで徳を積むことができて、それがいずれ返ってくるのです。
そして、自分が与えたものがそのまま返ってくるとは限りません。
むしろ形が変化して返ってくる方が多いでしょう。
人にいつも親切にすれば、その徳が物に変わるかもしれないし、
人にお金を分け与えれば、その徳によって評価が得られるかもしれません。

純粋な善意から生まれる施しも立派なものだと思いますが、
たとえ純粋な善意で無いにせよ、実際に相手が与えられて喜ぶものなら徳はつきます。
むしろ自分の徳のために与える、と割り切ってもかまわないのです。
ですから、自分が人より優れている点や多くを持っているものがあるのならば、
それを分け与えたり貢献するという選択を考えることが重要です。
それがいつか形を変えて戻ってくる力、つまり徳となるからです。

   

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2013-04-07

宗教と真理

「宗教と真理」

私自身も組織的信仰をある程度経験してきたものですから、
これは経験からの考えということになるのですが、
私は宗教の個人的な祈りや儀礼はまだ行なっていますが、
組織活動や金銭的活動は年を重ねてからは止めました。
そして宗教の思想に対する部分ではかなり自由に受け止めています。

なぜそうするのかというと、
今の宗教の制度と真理はどうも相性が悪いからです。
宗教はどうしても真理から離れていく傾向にあります。
なぜなら、一度組織という体裁を持つと、それを存続する必要があるからです。
そのために本来目指すべき姿から離れてしまうのです。

組織で活動するという宗教のあり方に私は疑問を感じています。
個人的な祈りの時間があれば信仰はそれで十分でしょう。
特に組織で活動すると様々な人間の欲望が絡んできます。
あなたがそうでなくても、周りにそういう人間がいれば影響を受けてしまいます。
また宗教に限らない話ですが、信者は数が多くなるほど質が低下すると言われます。

真理を追求するならば一人一人が自分で判断して情報を選択しなくてはなりません。
個の霊的な力を高めていくのが求道のあり方で依存とは逆の発想です。
自分で考えて自分の中で自分の真実を作り上げていく、
それができない人間は精神世界に関わらない方がいいでしょう。
なぜなら何も良いことが無いからです。

そして何かに依存するために宗教に入ることだけは止めたほうがよいです。
それは宗教という組織に利用されるだけです。
組織を自分のために利用する方がまだ健全です。

   

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2013-04-05

一つ減らすこと

「一つ減らすこと」

古き名宰相が語った政治の要諦は、
有益なことを一つ始めるより、有害なことを一つ減らす方が徳になると言います。

なるほど確かにそうかもしれません。
経済的な観点でみると分かりやすいでしょう。
いくら収入源があっても、浪費癖があったのではお金も貯まりませんね。
既にある程度収入があるならば、収入源を増やすことより、
有害な浪費癖を治す方が貯蓄をする上で大切だと思います。

だとすれば、体に有益な物を一つ取り込むより
体にとって良くないものを、一つ排出する方が体のためになる。
ということも言えるかもしれません。
政治も経済も体も、働きがある一つのシステム、という点で一致するからです。

ですから、それをさらに思考というシステムにも適用すると、
まず、己を改めることが肝要ではないでしょうか。
一つ良い考えを取り入れる、だけではなく、
一つ有害な考え方を減らしたり、変えることに力を入れるのです。

このように生きることができれば、
人生は無駄が少なくなるし、失敗も少なくなると言えるでしょう。
なぜなら、思考は人生において強い影響力を持つからで、
その思考が良いものであれば、それが良い現実を創っていくからです。

   

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「戻っていく」---ものごとは増えれば増えるほどエネルギーがいる。
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2013-04-03

世相を表す

「世相を表す」

良き精神的な師が多く注目浴びる、ということは世の中が荒れています。
良き政治家が多くの称賛を得られる国は厳しい状態にあります。
良き人間が褒め称えられる国はそれだけ荒んできています。

なぜ、こういうことが言えるのかというと、
我々は状況が悪くなってから本当に価値あるものが見えてくるからです。

つまり、良き精神的な師が注目を浴びるということは、
それだけ人々の間に道徳が欠落してきているということです。
もし、理想的な良識が誰にでもあれば精神的な師は注目を浴びません。
なぜなら、誰もができることを人々は特段褒め称えることはしないからです。

それと同じく良き人間が褒め称えられるのは、
褒めることのできない人間が増えたからです。
英雄が現れるような時代はそれだけ荒れていて人々が英雄を求めるからです。

     

ですから、凡俗な人間が持ち上げられる世の中は、
英雄が現れる世の中よりまだマシでしょう。
凡俗な人間が持ち上げられるということは人民の危機感がまだ薄いからです。
しかし人に本当に余裕が無くなると、そういう人間は真っ先に批判されます。
危機に陥るからこそ好転する機会が巡ってくるのです。

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「本当に良い物」---本当に優れたものとは気づかれづらい。

2013-04-01

自分で答えを出す世界

「自分で答えを出す世界」

私は学者や何かの専門家になるつもりはありません。
なぜなら私の道は多くの知識を必要としませんし、議論を必要としません。
むしろそれが邪魔になるからです。
私の道はそういうものには頼りません。
そして人と競うつもりもないし、何かを奪い合う道にも自分から進む気もありません。

何かを競い合って獲得しなければならない。
そんな世界は宇宙のレベルから見れば未成熟で原始人のレベルと言えます。
地球はそのレベルから抜け出せてません。
なぜ抜け出せないのか?

自分で考えて自分で創りあげようとせず、人や自分の外側に多くを頼ろうとして、
自分の内からのメッセージを聞こうとしないからです。
そのために与えられた価値観、社会性、考え方に多くを支配されていて、
それを受け取ることしかできなくなってしまったからです。
外から得た知識や情報だけで語ろうとする人間は、
自分で考えて結論を出す子供に劣ります。

なぜそれができないのか、それは人には恐れがあるからです。
自分で考えた結論は自分が責任を持たねばなりません。
外から来たものは人のせいにもできますが、
自分の答えは間違えたとしても誰かが責任を取ってくれることはありません。

ですが、あなたが決断する時は近づいています。
それは避けようがありません。
なぜなら、それがこれからの世界の変化で、
自分で考えて自分の答えを求められる時代が近づいているからです。

    

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