2013-10-26

物事の流動性に対応する

「物事の流動性に対応する」

何かを求めて行動を起こすことは大切なことだと思います。
人間は何か欲求があって行動を起こします。
それらは多くの場合、否定するべきでなく喜ばしいことです。

しかし、その後が問題です。
理想的に近い結果を得るためには、
当初の目的を変えるべき場合が時にあるからです。
つまり、我々の願望達成には成果に対して柔軟な考え方を持つべき時、
そういった状況がしばしばあります。

目的を変えるべき時に変えないことは、
結果を出すことに合理的ではありません。
具体的に、目的を変えなければいけない瞬間というのは、
主に状況が変わる時などが挙げられます。

状況が変わった時には、当初の目的を変更をするべき場面があります。
つまり状況の変化を考えないで、完全に固定した結果を望むことは、
理想的な成果を生むには、かえって邪魔になることが多いのです。

     

抽象的だとちょっと分かりづらいので、具体的な例を挙げてみましょう。
あるスーパーで特売のセールをしているとします。
セールだから安い物を買えると思い、あなたは行きたくなりました。
できれば牛肉を安く買いたいと考えていましたが、
あいにく牛肉は売り切れてしまいました。

しょうがないと思ったあなたは、諦めて家に帰りました。
しかし、今日の献立を考えれば豚肉でも成り立つ料理でしたので、
あなたは安い豚肉を買えば良かったと、家で後悔しました。

まず、この例では、
セールなのであなたは安い牛肉を買いに行く、という行動をしました。
家計のやりくりも考えて中々賢い人間で良いことだと思います。
ですが、実際スーパーに行くと牛肉を売っていなかった。
つまり、当初は牛肉がまだ残っている、と想定して行動していたのですから、
ここで状況が変化してしまったと言えます。
しかし、これは変えようがなくしょうがないことです。
そこまでは悪くなかったのです。

しかし、その次に献立を思いだして
豚肉でも代用できたことを考えればれば、
セールの豚肉を買うという考え方もできたはずです。
この時、牛肉は無いけど豚肉は残っている、という状況に合わせて、
自分の目的と現実を擦り合わせる必要があったのです。
そうすれば家計に優しい豚肉料理が作れるという、
牛肉料理とは違った準理想的な結果が出来ました。

この例では、
牛肉を使わねばならない、という固定した結果に囚われたため、
牛肉がないという状況の変化に適応できず、
セールの豚肉という利益を見つけられなかったのです。

ここまで単純な例でなくとも、実際にこういったことはよく発生します。
これは人生単位でも、ビジネスでも、日常生活でも起こり得ることです。
状況が変わる時は思考も柔軟に変化させて、臨機応変の処置が必要なのです。
完全に固定した結果を望むあまり、他の利益を除外して損をしてしまう、
そういったことがあなたにはないでしょうか?

一つのことを達成するには、目的に対して堅い決意が必要なこともあります。
しかし、成果や結果は柔軟性を意識し、
常に状況の変化に合わせて固定した考えに囚われないようにする。
それが理想的な結果を生み出すために必要なことです。

    

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2013-10-19

与える利益の最大化

「与える利益の最大化」

何かを分け与えるという行為は、自分の将来の利益に繋がります。
それは、与えるから返ってくるものがあるからで、
このブログでも何度かテーマとして取り上げました。

そして、もし自分が何かを分け与える立場にあるなら
よりそれが社会の役に立つように、返ってくる力が最大となるように、
と、考えるのは自然な発想であると言えます。
自分が与える立場に立つならば、
たとえ、ビジネスでなくとも投資のような発想があると良いでしょう。

まず、与えるものが相手にとってどれぐらい必要なものかどうか、
それにより返ってくるものに差が出てくる、という考えが私の中にはあります。

一つの例として、お腹がいっぱいな人間に食べ物を恵んでも、
相手にとっては何の必要性も感じないでしょう。
必要性がないものを分け与えたところで、はたして意味はあるのか?
あなたは必要ないものを誰かから与えられて、感謝や恩を感じるでしょうか?
おそらくありがた迷惑で終わってしまうでしょう。

そして宇宙の原則を当てはめて考えると、
必要ない物を誰かに与えるということは、
必要ない物をいずれ誰かから与えられるということです。
与えるものが与えられる、という法則が宇宙にはあるからです。
これでは自分にとってなんの利益にもなりません。

    

では効果的に与えるとはどういうことなのか?
それは切実に必要とする物を他人に与えるということです。

つまり、相手にとって喉から手が出るほど欲しいものを与えることができた。
ということは、
いずれ喉から手が出るほど欲しいものを他から得ることが出来る。
ということなのです。
ここでも与えるものが与えられる、という原則が働いています。

従って一つの例として富を与えるのであれば、
金持ちな人と貧しい人がいた場合、
貧しい人の方が切実に金を必要としているから重要度が高いわけです。

貧しい人にとっては、たった1000円でも金持ちの10万円位の価値かもしれません。
つまり貧しい人に1000円を分け与えることができれば、
その価値は1000円どころか、10万円並の意味を持つかもしれないのです。
つまり、与える物は同じでも、その価値は相手によって変動するのです。
ですから、利益を最大化できる相手に与えることが一つの考え方です。

   

さらに、欲を言えば与えるものが自分に必要ないものであればベストです。
他者にとって必要で、自分にとって特に必要無いものや、与えても困らないもの、
それが最大の価値を持ちます。
なぜなら自分にとって必要ないものや、与えても困らなければ、
抵抗なく思い切って与えることができるからです。

ですから、まず皆さんには自分をあらためて頂きたいと思います。
与えることができる物は富に限ったことではないからです。

何か自分には重要ではないけど、他者が欲しているものがないか?
情報、技術、労働力、創作物、なんでもいいのです。
あんまり良すぎるものだと、対価を得られてしまうでしょうが、
別にそこまでいかなくても、ちょっとしたレベルで問題ないのです。

重要なのは誰かがそれを必要としているかです。
相手に必要あるものを与えることができれば、
いつか自分にとって必要なものが与えられる、ということを覚えておいて下さい。

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2013-10-12

人に持ち上げてもらう方法

「人に持ち上げてもらう方法」

人の立場になって人を尊重するから、
自分も人から尊重されるようになります。
人の立場を意識して、人を貶めようとしないから、
人から危害を加えられることがありません。

これは道徳の話ではなく、単純な力学なのです。
自分が与えるものが、与えられるものなのです。
善意で人に優しくするのは良いことだと思いますが、
あくまで利益主義としても、相手の立場になるということは重要です。

私は利益主義者ですから、善意で相手の立場にはなりません。
相手の立場になって考える、その方が得だと知っているからです。
【自分が一番大切で自分が一番得したいから、他人の立場になる】
これが人間関係という相対世界の妙というか不思議な所です。

   

逆に自分の力だけでのし上がること、それはとても大変なことです。
そういう道もあると思いますが、とても苦労はするでしょう。
ちょっと気を抜いたら、すぐ引きずり降ろされてしまうかもしれません。

対して他人の立場を尊重して人と接していれば、
自然と他人が自分を持ち上げてくれます。
一人で自分自身を持ち上げるよりも、
何人も自分を持ち上げてくれる人がいる方が楽で得なのです。

私が読んだある本の中に次のような記述がありました。
会社にある新人が入社し、その新人は異例の速さで出世をしました。
彼がしたことは常に上司の立場を意識して仕事をしたということです。

つまりヒラの頃は課長の視点で、課長の頃は部長の視点に立つように、
そうするとことで自然と上に認められ最速で部長の地位になりました。
これも相手の立場になって自分が働いたことで、
結果的に自分が得になったということです。

しかし、現実的には人の気持ちや立場に100%なることは難しいでしょう。
出世した新人君の例でも管理職として蓄積がないからです。
ですが、例え20%でも30%でも相手の思考に合わせていれば、
それだけで相手に対する態度や行動にも変化があるはずです。

そうして相手の立場を意識することが、
自分の得のためにも大切だと考えます。

この考え方は仕事だけでなく、あらゆることに応用できるでしょう。
もし自分を持ち上げようとするなら、
自分の力だけではなく、他人の力を拝借する選択は合理的なのです。

    

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2013-10-05

自分で考える

「自分で考える」

知識を知りつつも、ただ知識を信用せずに自分で考える人は賢い人です。
知識がなくても、自分で考えて結論を出す人は懸命な人です。
知識がなくて自分でも考えられない人は、愚人と言われてしまうでしょう。
一番困るのが、知識を得ることで自分で考えなくなる人です。
彼(彼女)らは罪がある人です。

なぜ、知識だけに頼るのは罪なのか。
それは知識を覚えるだけの能力がありながら、自分で考えようとしないのは、
天から与えられた力を、ないがしろにする行為だからです。
今の世界の問題は、知識に頼って解決できる程簡単なものではありません。
今の世界の課題は知識に頼るだけでなく、
自分で考えて結論を出さなければいけません。

知識というのは過去に向く性質があります。
今まで起きたことや存在した現象を、分析解析するという性質があるからです。
知識を覚えるということは、過去の失敗をしないための武器です。
しかし、過去起こったことないことは、そう簡単に答えがでません。
なぜなら、知識はこれまではこうだった、
と、あくまで過去を分析して出てくるものだからです。
今の時代に必要とされるのは、過去を向くことではありません。未来です。

   

未来を創っていくためには、自分で考えることが必要なのです。
自分で考える、という行為は未来に向かっています。
考える行為はどういうことかと言うと、
今ある選択肢から最善の選択を見つける、という作業です。

ですから、知識を元にして自分で考えることができるのは、一番良い状態です。
しかし、自分で考えることを放棄して知識だけに頼るということは、
未来を見ずに、過去の出来事ばかりに囚われるということです。
この時代おいては、そのような考えはいずれ通用しなくなるでしょう。
今は過去起きたことがないほど、社会が劇的な変化を迎える時代だからです。
ですから、これからは知識重視のあり方よりも、
思考力重視のあり方を選ぶ方が良い、と私は考えています。

   

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