2014-09-29

神秘行の最適化

「神秘行の最適化」

神秘行というのは人間に対して存在するものだから、
人それぞれの個人差というものを良く考える必要がある。
ある人にとって有益な行動が、ある人にとっては毒にもなるのだ。
その逆もまた然りなのである。
画一的に有効なものとは無いのである。
その辺は薬の作用とも似ているものがあるかもしれない。

そういう意味合いがあるので、
以前ブログのコメントしてくれた方に、お答えしたのだが、
神秘行は自分の経験を重視するべきで、
この経験こそが神秘行の貴重な資源であり、
金をいくら出そうとしても買えないし、
人から教わることも限度があるため、大切にすべき物なのだ。

こういった事を踏まえると、人間にとって最善と言える神秘行は、
細かく分ければ人の数だけ存在すると言ってもおかしくはない。
同じ顔の人間がこの地球上に存在はしないだろう。
それと同じく最善の神秘行とは、
一人一人異なったものになると言える。
一人一人の個体差や個性を活かす方法を選択するべきなのだ。

だから、まず危険性が無いものを色々試してみることが大切で、
結果を見てから自分と合っているか判断すればいいのだ。
結局の所、神秘行と言うのは自分に合ったものを見つけるために、
自分で試行錯誤していかなくてはならない。
自分だけの神秘行を構築しなければ、
神秘行の本当の達成はできないと僕は考えている。

だから人にまるっきり頼るなんてことは、はなから不可能だし、
自分の頭で考えて、自分で創造しなくてはならない。
ここが最大のポイントではないかと僕は思っている。

このブログでたまに、参考として頂きたいと僕が書くのは、そういうことだ。
書いてあるものを、そのまま片っ端から行うのではなくて、
数ある方法から自分に合いそうな物を選択したり、
自分に合った方法にアレンジするヒントとして欲しいという意味なのだ。
僕もそうやって外部から来たものを、自分に最適化してきたのだ。

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2014-09-28

六合

「六合」

私の尊敬する人物の一人に呉清源先生という囲碁棋士がいます。
そのお言葉の中に「六合」と調和するというものがあります。

「六合」とはどいうものなのかというと、
天と地、そして四方を表し、宇宙全体を示します。
呉先生は碁を打つ時は、
この六合とピタリと調和した手を打つべきと仰っています。
これは、何も囲碁に限ったこと話ではないと思います。

   

つまり、これを現実世界に置き換えると、
自分の状況や、相手の状況、そして国や天地の運行に合わせ、
常に臨機応変に、全体と調和して物事に対処することが望ましいのです。

なぜ、そうするかというと、世の中や物事は常に変化していくものです。
だから、世の中に「決まった答え」というのは存在しないもので、
周りの状況に合わせて、常に自分の答えを用意しなければ、
より良い現実を創っていくことはできないからです。

言い換えれば、
我々のいる場所は、物事の正解が簡単に分かる世界ではないのです。
変化していく状況の中で、常に試行錯誤することが好ましく、
それが、この世界をより楽しむための秘訣とも言えるでしょう。

私は、人生をより良くするためには、
この六合と調和することが必要だと考えます。

つまり、固定観念に基づく決まりきった答えや、
他者の意見に同調や反発する答えを、ただ反射的に出すのではなく、
状況に合わせて自分の答えを考え、創造する。
そういったある種クリエイティブな感覚が、重要だと考えています。

なぜなら、それこそが人生の創造といえるものであり、
人生を創造することで、今よりもより良い世界、
良い自分を創りだすことができるからです。

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「バランス」

2014-09-21

頭部への集中について

「頭部への集中について」

体の中で頭の付近とは、非常に微妙な場所であり、
瞑想中の頭部の意識を掛け方は、
他の体の部位への集中とは、やや趣きが異なります。
今回は、その辺りについて詳しく解説します。

基本的に、気は一箇所に溜まるのはあまり良くありませんが、
特に頭部に気が溜まるのは。良くないと思われます。
頭部に気が溜まると。圧迫感や頭痛の原因になりやすいからです。
頭部に気が溜まる原因としては、様々なことがあるのですが、
今回は、瞑想で気の溜まりを防ぐ意識の掛け方を記します。

まず、頭部は体の他の部位とやや趣きが異なると最初に書きましたが、
これは、意識の掛け方が、頭部と他の部位で違うことを意味します。
どう違うかというと、頭部以外の体の部位は、
対象となる部位に、直接意識を集中して問題ありません。

例えば下丹田に意識をかける場合であれば、
直接その下丹田付近を意識して、集中すればよいのです。
これは慣れれば特に難しくありません。
イメージとしては体にシールを張って、
そのシールの位置に意識を集中するようなものです。

対して、上丹田や泥丸といった頭部への意識の集中は、
これと同じ感覚で行うと、失敗する可能性があります。
なぜなら、頭部は元々気が溜まりやすい場所のため、
上記のシールに意識をかけるように集中すると、
気が頭に停滞して、圧迫感や頭痛を引き起こしやすくなります。
(ただこの方法で問題無い方は、そのままでも大丈夫です)

では、どのようなイメージで意識をかければ良いのかと申しますと、
頭全体(頭頂から顎にかけて)が風船のようなもので覆われている、
と、イメージして、この風船に意識をかける感覚に近いです。
局部ではなく、やや全体を意識した感覚に近いかもしれません。
この感覚で意識をかけると、気があまり停滞せず、
頭部の気の流れが、スムーズになります。

    

この方法は、頭部の一箇所を限定して、
意識をかけるのは、性質上難しいですが、
頭部付近に意識をかけることの弊害を防ぐには、効果を示します。
また、瞑想中や普段の生活でも、頭に気が集まりやすい方は、
この方法を参考にしていただくと、問題の対策になるかもしれません。

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2014-09-15

なぜ?という問い

「なぜ?という問い」

昨日TVを見ていましたら、臨死体験の事をやっておりました。
ほんのチラッと見ただけですが、印象的なシーンがありました。
人は死の間際、誰でも神秘体験をする可能性があります。
しかし、なぜそういった体験があるのか?という問いです。

この質問者の問いに対して学者はこう答えました。

科学というのは、その現象はどういった仕組みを持っているか?
そういった構造を徐々に明らかにすることはできます。
しかし、その現象がなぜ存在するのか、という問いには、
そもそも答えることはできないのです。という回答でした。

なるほど、科学というのは仕組みを知ることはできても、
その本当の意味付けを答えることはできない、という事なのでしょう。
子供が大人を困らせる質問も、この類のものがあります。
例えば、なぜ空は青いの?という素朴な問いです。

  

ちょっと賢い人はこう答えるかもしれません。
太陽光は様々な色の光を出していて、
空はその青い光を捕まえるから青いんだよ、と。
これもある種の仕組みを答えたもので、一つの回答です。

しかし、ここで賢い子供はさらに突っ込んで来るでしょう。
なぜ、空気は青い光を捕まえるのかと。
ここまで来ると、容易なことでは納得させられません。
学者位賢い人は、ここでさらに高度な仕組みを答えるかもしれません。

なぜ?なぜ?と一つの事を掘り下げると、本質には近づきます。
しかし、その核となる疑問に、いずれは突き当たるでしょう。
もしかしたら、なぜ?を鋭く繰り返す子供が聞きたいのは、
仕組みではなく、その核となる疑問かもしれません。
いわゆる、世界の意味付けです。

結局の所、この意味付けというのは誰も分からないのです。
あえてそれに挑戦したのが、宗教などでしょう。
しかし、それはあまり良い成果を出しているとは私は思えません。

この意味付けとは、我々が決めても構わないのです。
誰かが決めるのではなく、一人一人が決めるものなのです。
空が青いのは神様が決めたらからでもいいし、
悪魔が作ったからでもいいし、自然にそうなったからでもいいし、
そんなことはどうでもいいから考えないでもいいでしょう。

しかし、もし意味付けを決めるのであれば、
自分にとって有益な決め方がいいと私は思います。
自分が納得できたり、安心できる方がいいでしょう。
もちろん他人には自分の考えを強制しないこと。
答えは一人一人が決めるもので、押し付けは不幸の種です。

この世界の意味付けは、誰もが決定権を持っています。
世界の意味付けに対して我々は自由なのです。

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2014-09-07

意識の火加減

「意識の火加減」

仙道の瞑想に関する資料を読むと火候について記述があります。
火候とは火加減という意味であり、
ここで言う火加減とは意識の火加減のことです。
意識の火加減とは意識の集中の強弱を表します。
瞑想で体内の各場所に意識をかける時、
重要となる要素がこの意識の火加減です。

意識をかけると言っても、実際は感覚の世界ですから、
中々その中身を正確にお伝えすることは難しいです。
ただ意識の掛け方で確かに瞑想の効果は変わってきます。
意識の火加減というのは強すぎても弱すぎてもダメ。
つまり分かりやすく言い換えれば、
過集中も良くないし、全くテキトーにやってもダメなのです。

意識の掛け方が強すぎると疲れやすくなり、
体のエネルギーのバランスが崩れやすくなって瞑想効果が半減です。
逆に意識の掛け方が弱すぎると、
眠くなったりして、これまた瞑想効果が半減します。

瞑想で程よい火加減の感覚を覚えると、疲れも眠気もほぼ無くなります。
といっても瞑想前から疲れていたり、眠かったりする場合は別ですが・・・
また瞑想の環境、例えば瞑想の時間によっても眠くなったりするので、
一概には原因をはっきりとすることは難しいとも言えます。
ただ、疲れたり、眠くなったりするのは、
何らかの原因で瞑想がうまくいっていない可能性があります。
瞑想の環境が整っていると仮定した上でお話すると、
疲れやすい人はもう少しリラックスを心掛け、
眠くなる人はもう少し体への集中を心掛けましょう。
これが意識の火加減のバランスなのです。

また結果を焦って力んだり、集中を強くしすぎないことも大切です
焦って力を入れたりすると、かえって瞑想の効果を遅くさせてしまいます。
あくまでリラックスしつつも意識をかけるという感覚を獲得し、
瞑想中はそれを維持するということを覚えていただきたいと思います。

意識の火加減を局部のバランスだとすると。
チャクラの気のバランスは全体のバランスと言えます。
この局部のバランスと全体のバランスはどちらも大切なのです。
常に中庸の精神を持つことで瞑想の効果を向上させことができます。
局部のバランスを保ちつつ、全体のバランスも考慮して瞑想を行うことで、
正しく体のエネルギーの調整を行うことができるのです。

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