2015-12-27

行動と内面操作の相性

「行動と内面操作の相性」

今回は体内の気の操作が、どういう時なら有効か。
そのことについて記事を書いてみようと思います。

気の感覚というのは、一度身につけてしまえば、
いつでも、どんな場所でも感じることができます。
そうなれば、場所や時を選ばず半瞑想状態を作ることができます。
しかし、だからといって全く状況を選ばず、そういったことをすると、
かえって逆効果になってしまうこともあります。

基本は外部に意識を逸らさなくても良い状況なら、
半瞑想状態の効果を得ることができます。

例えば、電車で座っている時などは、
目を瞑ってしまえば、ほとんど外部に意識を逸らさなくてもよいので、
こういった状況なら半瞑想状態に入ることはできます。
私は時間がもったいないので、朝の電車では座った時は、
必ず半瞑想、半睡眠状態になるようにします。
この方が、スマホや本を読むより体を労っているからです。

逆に半瞑想を行って失敗する時間とは、
例えば、仕事やスポーツをする時です。
瞑想をやったことがない人は、
まさか仕事中に瞑想なんてできない。と、思うでしょう。
しかし、普段から瞑想を行っていると、
体の内部の意識の掛け方が分かっていれば、できてしまいます。

しかし、これは大体マイナスの効果を生んでしまいます。
外部の行動と内面の操作を同時に行うのは良くないのです。
これらのことを二つ同時に行うのは、人間の精神の構造上無理があります。
例えるなら右手で文字を書きながら左手で絵を描く事と似ています。
どちらも精度が落ちるので良いことがないのです。

以上の例から、外に意識をかけなくてはならない時は、
瞑想の時間に向いていません。
しかし、止まっている時や暇な時は、大体の場合において瞑想ができます。
そして瞑想には体のエネルギーを養う作用があるので、
日々使える時間があれば、細かく半瞑想状態を作ることは良いことです。

今回はせっかく記事にするので、
瞑想と行動の相性を以下のように、まとめてみたいと思います。

◎・・・本来最も効果を発揮する瞑想の状況
○・・・応用的ながら瞑想に適した状況
△・・・慣れれば瞑想できなくはない状況
×・・・瞑想すると逆効果な状況

◎:家で座って瞑想
◎:禅ができるお寺などに行って瞑想(禅)
○:寝る前に布団の中で瞑想
○:お昼休み等に椅子に座って瞑想
○:電車やバス内で座って瞑想
△:立っている時に瞑想
△:歩いている時に瞑想
×:仕事中に瞑想
×:授業中に瞑想(可能だが学習に影響あり)
×:スポーツ時に瞑想
×:会話中に瞑想

ある程度は常識的だと思いますが、
瞑想はやろうと思えば、△のような状況でもできるのは、
意外と驚かれることかもしれません。
といっても毎回四六時中行うというわけでなく、
瞑想したい気分だったり、体内を調整する必要性があれば、
と言った感じです。

時間がもったいないな、と感じたら、
軽く目を瞑って体内に意識を掛けると、
時間の面からも一石二鳥になることが多いので、
覚えておくと良いかもしれません。

この記事が皆様のなんらかの参考になれば幸いです。

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2015-12-20

ミョウバンとビタミンC

「ミョウバンとビタミンC」

今週は健康法記事を書きます。
最近、我が家では試行錯誤の結果、
ミョウバンとビタミンCを入浴剤として使用しています。

ミョウバンとは元々は鉱物であり、食品添加物としても使用されます。
ヨーロッパでは、ミョウバンが結晶となった天然塩を「アルム石」と呼んで、
古くからデオドラント剤として使用していたそうです。
古代ローマ人は、制汗剤として日常的に使われていたと言われます。

ミョウバンはいくつかの効能があります。
 ①殺菌、制菌作用
 ②消臭効果
 ③制汗作用

以上のように、制汗スプレーのような効果を持っています。
これらの効果は非常に高く、ミョウバンを溶かしてミョウバン原液を作り、
それを、さらにそれを薄めたミョウバン水が非常に優れています。

例えば、使用後の服や靴の消臭、制汗スプレーの代用として使えます。
はっきり言って、高い既製品よりも自作したミョウバン水の方が、
安く作れる上に、消臭効果もかなり期待できます。
作り方はネット上にいくらでもあるので、ここでは割愛します。
他にもミョウバン水の用途は多いので、気になる方はチェックしてみて下さい。

デメリットとしては、個体差で濃度によってはかぶれる可能性もあるそうです。
安全だからといって全身にミョウバン水を吹き付けたり、
極端な使い方は良くないでしょう。(特に子供など)
ただ、ミョウバンは自然に存在するもので、
食品添加物としても使われることから危険性も低いと思われます。
また、入浴剤として使用する場合は、あまり濃くすると、
酸性の作用でお風呂の金属が傷むこともあるので注意が必要です。

ビタミンCについては、皆さんご存知だと思います。
ビタミンCは入浴剤として使用することもできます。
ビタミンCは肌の健康を保つには、最適な入浴剤です。

元々、私はアトピー体質で、肌があまり丈夫ではありませんでした。
私のアトピーは、ストレス、環境ともそれほど影響は無く、
一定したペースで湿疹が発生するタイプのアトピーです。
そして自分の体で色々試行錯誤した結果、
私のタイプ(私の場合)のアトピーはビタミンCが効果的でした。
ビタミンCを摂取すると湿疹が減り、
さらにビタミンC風呂を使うと、さらに湿疹が減りました。
このことからビタミンCは、肌に非常に重要であることを体感しました。

ビタミンCを直接摂取する場合の取扱の注意点としては、
なるべく果物や自然由来のサプリを使うことです。
私はネイチャーメイドのビタミンCを朝夕の食後に一粒摂取しています。
また、ビタミンC風呂については岩城製薬の、
「日本薬局方ビタミンCアスコルビン酸原末」を使用しています。

最終的には、肌のケア+消臭、制汗、制菌を考えた結果。
上記のミョウバンとビタミンCを組み合わせ、
ミョウバンビタミンC風呂を我が家では採用することになりました。

現在この入浴材を毎日使用していますが、
組み合わせによる弊害等は、特に今のところありません。
また、効果は非常に高く、期待した性能を発揮しています。
もし、肌のトラブルや体の匂いが気になる方は、是非オススメしたいです。

この記事が皆様の何らかの参考になれば幸いです。

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2015-12-12

宇宙創造者の意図

「宇宙創造者の意図」

この世界をよく観察していると、
宇宙を創造した存在の意図が見えてくることがあります。
その一つが絶対解を与えないということです。

人間が作った仕組みならともかく、
創造者が作った宇宙には、絶対解がまず出てこないでしょう。
例えば、あなたは男が女よりも優れていると断言できるでしょうか?
他にも暑いことが寒いことより優れているとか、
明るいことが暗いことより優れている、といった事を断言できるでしょうか?

おそらく、出来ないでしょう。
もし出来るとしたら、ちょっと思考に偏りがあるかもしれません・・・
この世界は、どんなことにも利点と欠点が存在するよう、
そういったことに特に配慮して創造されています。

なぜ、そんな仕組みになっているのでしょうか?
ここからは創造者の意図を推測してみる必要があります。
では絶対解があるとしたらなぜいけないのか?
これは簡単です。選択肢そのものが狭まれるからです。

単純な例を挙げてみましょう。
AスーパーとBスーパーがあったとします。
Aスーパーは商品が安いが距離は遠い。
Bスーパーは商品は普通の値段ですが距離は近い。
こうなるとAスーパーとBスーパーの選択には絶対解がなく、
状況によってどちらも利用する利点があります。

しかし、Aスーパーが安く距離も近くて、
Bスーパーは値段が普通で距離も遠いとします。
こうなるとAスーパーが絶対解で、Bスーパーは利用しないでしょう。
結果、利便性は高くてもスーパーの選択肢が狭まっています。

日常でスーパーの選択肢が、利便性の向上によって減ることは問題ありません。
しかし、これと同じことが宇宙を構成する基本要素にあっては困る、
そう創造者は考えていると推測されます。
選択肢が狭まるということは、多様性が無くなり一面的な世界になるからです。
それは、面白くないと創造者は考えていることを推測できるのです。

こういったことを踏まえると、世の中の不可思議なことも納得できます。
正直者はバカをみるというもの、それに値すると思います。
これは、善人はバカをみるということに変換できます。
逆に憎まれっ子世にはばかる、というのも聞いたことある言葉です。

もしこれが、善人が世にはばかるということになったらどうなるか?
だれも善人にしかならないはずです。
もし世界が善人に良いことだらけなら、誰も悪人にならないでしょう。
それなら別にいいことじゃん、と考えるかもしれませんが、
どうやら、創造者はそうは考えていないようです。

人間性の多様性という観点からも、善人には善人の利点と欠点を作り、
悪人にも悪人の利点と欠点を作ってあるのです。
ですから、世の中は一面的な世界ではなく、
混沌とした側面でバランスが取られているのです。

結論から言うと、我々の世界はどう生きても、一つの人生ということです。
どの道に行っても、利点と欠点があり、楽しさと苦しさがあり、
悲しみがあったり、喜びがあったりします。

一見、これは当たり前のことだと思うかもしれませんが、
これは世界を創造する側からすれば、ものすごい大変なことだと私は思います。
決して単なる偶然で、今の世界が泡のように現れたと私には思えないのです。

宇宙の創造者は、この絶妙のバランスを作るために、
どれほど苦心したのかは、私にはよく分かりません。
しかし、あなたが今生きているこの世界は、
究極のバランスよって維持されている、創造物そのものなのです。

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2015-12-05

人生は短い

「人生は短い」

 人生は長いといっても、たかだか80年から100年。
 例えどんなに恵まれても、どんなに悲惨でも必ずそれでリセットされます。
 その時間は案外長くはありません。
 もし、あなたが30歳なら、もう半分近くは来ています。

 そんな短い時間では、良くなろうと悪くなろうと、
 ほんの一時の出来事だと思いませんか?
 だから、社会性や物事に拘るのも結構ですが、
 一日一日で自分をどう成長させるか、どう楽しく過ごせるか、
 その方が大切なことのように私は思います。

 どんなに幸せでも豊かでも、よく持って、たったの100年なんです。

 こう言ってしまうと、極論的な思考と思うかもしれません。
 しかし、結局の所、人間は過去にも未来の中にも生きることはできません。
 よく、今が大事という言葉聞くことがあるかもしれませんが、
 私も今自分をどう成長させるか?今をどう楽しむかに重点を置いています。

 その成長と楽しみの積み重ねが、豊かな未来を作ると信じているからです。
 100年という短い間で、多くの人より上に立つことに奔走するのも一つの道ですが、 
 自分自身を本当に豊かにする道を進むのも、悪くないと私は考えているのです。

 もし死後にも持っていける物があるとすれば、
 それは自分自身に他ならないのです。それ以外は捨てるしかありません。
 あなたは死んだ後に、お金を自分の手元に置いておくことはできません。
 死後の世界に持っていけるものは、非常に限られた資源だけなのです。
 ですから、徳を積み、自分を成長させ、楽しむことが大切だと私は思います。

 また、ごく個人的な話ですが、
 社会生活の成功が、良く保って60年位だとすると、
 僕はどうもスケールが小さいように感じてしまうんですね。
 だから、僕は社会的には最低辺でも、死ななければ良いと思っていて、
 残った力を、全て別の事に注ぐ必要があるんです。

 僕は人が聞いたら、理解されないか、
 大笑いされるスケールの方向に進むつもりです。
 でも、それは僕にとってしょうがないんです。
 僕の価値観は良くも悪くも一般人と大きくずれています。
 現状の一般的な人が歩む結果では、僕は満足できないのは明白なのです。

 そして満足できなければ、自分が変化しなくてはならないのです。
 常識的に幸せだろう、と言われているような生き方で満足できなければ、
 自分が普通と違う生き方をして、自分の成功を追い求めなくてはなりません。
 その結果失敗するとしても、勝負する必要性が僕にはあるのです。

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