2016-04-16

魂の目的は分からない

「魂の目的は分からない」

多くの一般人は常識的な勝ち組やら負け組やらで一喜一憂する
それは愚かなことである、と私は考えている。
そもそも何が勝ちか負けかなど、人によって全く変わると思うからだ。
それは、人によって魂の目的(生まれてくる意味)が違うからだ。

魂の目的は知ることは難しい、
これは極端な例として挙げてみるが、もしかしたら、

誰かを殺すことが人生の目的かもしれないし、
誰かに殺されることが目的かもしれない。
誰かの幸せを壊すことを目的としているかもしれないし、
誰かに幸せを壊されることを目的としているかもしれない。

例えば以前の生(いうなれば過去や未来や別次元の前世)において、
ある人を自分の目的のために殺してしまったら、
今回の生ではその贖罪として、
その人の目的のために、自分が殺されることを目指しているかもしれない。

もしそうだったら、自分の人生の達成(勝ち)とは、
その人に殺されることかもしれない。
その時は、豊かで幸せな人生を終えることは失敗(負け)となるのだ。

これは今の一般常識の勝ち負けとは大きく乖離した状態だ。
人生の勝ち負けが分かるのは、神様と死んだ後の自分だけなのだ。
だから、私達は不用意に他者の人生に介入してはならない。
また、不用意に自分の人生を評価してはならない。
自分や他者が何を本当の目的としているか、私達には知る術がないからだ。

私達は生まれる前に記憶の忘却という枷を負うから、
自分が生まれてくる理由が、最初は全く分からない状態となる。
しかし、それでこそ答えの分からない人生を歩むことができる。

もし、これで記憶が忘却されていなかったら、意味がないのである。
例えば誰かに殺されるのが人生の目的、ということを知ってしまったら、
まともに生きることはできず、魂の目的が台無しになってしまう。

私達は他者の人生の結果を評価しても、その意図はほとんど分からない。
だから、淡々と結果を受け入れることが正しいのである。
私達ができることは世界の結果に一喜一憂しないこと。
生きていく上で何が勝ちか負けかなど分かるはずがないのだ。

もちろん魂の目的が、人の役に立ちたいとか、
ポジティブなものであることも多いだろう。
だが、必ずしも全ての人間がそういった目的を持っているわけではない。

だから私達は、その人間が悲惨な死に方をしたからといって、
その人間が本当に人生で失敗したか?
そんなことは分からないのである。

人間というのは分からないということを好む人は少ない、
白黒はっきりしている方が、分かりやすくて判断しやすいからだ。
しかし、本当の勝ち負けなど分かるわけがない、
分かるということが間違いで、分からないという状態がまず正しいのだ。

もし多くの人間の人生の勝ち負けが分かっている、と思っているならば、
それは人生の本質を全く分かってない証拠だ。
 
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2016-04-02

ヒエラルキーの崩壊

「ヒエラルキーの崩壊」

最近、私はヒエラルキーというのは人間にとって良くないものだ。
そう考え始めている。

人間は大昔からヒエラルキーに支配されてきた。
昔は今よりもっと明らかに身分の違いがあっただろう。
今でこそ、そういったことは表向きは少なくなったとはいえ、
会社で働ければ上司がいて、
その上司もヒエラルキーの一部として誰かの下に属している。

こんなことは当たり前、と思うかもしれないが、
僕はこれこそ人間の本能に根付いた悪のシステムだと思う。
このシステムの恐ろしい所は、
人間の承認欲と権力欲を巧みに刺激することによって、
一種の射幸心を沸かせる点にある。

それがあまりにも一般的になっているから、
疑問を感じずに多くの人が受け入れてしまう。
というより、社会構造自体がヒエラルキーと深く結びつき、
それを拒否できないようになっている。

じゃあ何が問題かというと、
詰まるところ欲を刺激するシステムというのは、
必然的に争いを引き起こしたり、羨望を越えた妬みを作る。
そういった人間の悪い部分が出てきてしまうと僕は考える。

人間の世界では、これが今までは当たり前だった。
どんなに偉人達がヒエラルキーを否定した所で、
今までの人類はヒエラルキーを捨てることができなかった…
しかし、かなりの確率でこれが覆る時が近いづいてるのではないか?
そう私は考えている。

その劇的なきっかけとなりえるのが、人工知能とロボットの発展だ。

もう、この出来事は人間には避けて通れないもので、
急速な勢いで事態が進展しつつある。
今、人間が行っている仕事の大半は、
この人工知能とロボットにほとんど奪われると私は思っている。
それは、もう最近ではボツボツ聞かれることだ。

これを悪い事とは私は捉えていない、
むしろ、金や権力の価値が相対的に少なくなると思っている。
というのは、人間はほとんど何もしなくても食っていけるから、
今、多くの人が拠り所としなければいけない金や権力というものは、
どんどん需要が落ちてくるからだ。

最終的に生活の為に働くというより、
人間だけの組織で、健康維持や社会生活を楽しむために働く、
ということにシフトしていくだろう。
これは人間にとってむしろ良い事だと僕は思っている。

そうなると、関連してヒエラルキーが崩れてきてもおかしくはない、
役割としての分類は残ることになるだろう、
しかし、その意味はかなり変わってくると僕は考えている。
そう、多分その人間の飾り程度の存在のような。

そうなれば人間は多くの不要な欲を捨てることができるだろう。
これは、人間にとって想像以上に喜ばしい出来事となる。
なぜなら、人間の内面が大きく変わる歴史上の大変化となるからだ。
これは、人間の外的で表面的な変化よりも、遥かに重要な意味を持つ。

しかし、リスクも少なからず存在していて、
人工知能とロボット技術が、人間の競争欲を満たすことに使われ、
さらに紛争や戦争の火を大きくすることも考えられる。

ロボットと人工知能の出現は、ある種の博打的な意味合いもあるが、
博打というよりかは、人間が変わることのできるチャンス。
そう捉えたほうが正確かもしれない。

これで人間が平和的に変化するか、
はたまた、さらに競争的に変化してしまうのか?
人類は今、歴史上で最も重要な局面に立たされているのだ。
 
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