2016-07-30

リラックスについて

「リラックスについて」

様々な場面においてリラックスすることは大切なことです。
会話する時も、ビジネスの時も、スポーツの時も、
リラックスすれば実力通りの力を発揮し、平静な判断ができます。
人間は緊張していると思い通りの結果が得られないことが多いです。

なぜ、緊張するのかという科学的な理由は、
多分色々なサイトや本などに載っていると思います。
精神世界的な理由付けとしては、
緊張すると気がうまく流れなくなるような感じを私は受けます。

緊張は常にエネルギーが張ったような状態になるので、
周りの動きに逆に鈍感になり、細かいことを見失いやすくなります。
またエネルギーの流れもスムーズにいかないので、
いつもうまくいくことが、なぜか本番では通らないことがあります。
気は物事を成功させようとする力を持っているので、
それがうまく働かなくなると、何らかの失敗要因に繋がるのです。

それで、今回はなるべく緊張時にリラックスする方法を考えます。


リラックス方法1:体の力をできるだけ抜く

 人間は強く緊張している時、体の中で必ず起こる現象があります。
 それは体のどこかが強張って力を入れた状態になることです。
 「今自分は緊張しているな」と思ったら、
 まず体の力の入り具合をチェックしてみてください。
 特に肩や腕や腰や足などに余計な力が入るとリラックスできません。

 それは力を入れることで継続的に緊張状態を作るからです。
 ストレス→緊張→力が入る→緊張→力が入る→緊張
 といった感じで一回のストレスだけで、
 力が抜けるまで、ずっと緊張状態が維持されてしまいます。
 これを収束させるためには、意識的に力を抜く必要があります。

 脱力はリラックスに必要な手順ですので、
 緊張したと思ったら、まず始めに体の力を抜くと良いでしょう。


リラックス方法2:冷静な体験を思い出す。

 リラックスするには気分をリラックスムードに持っていくのも手です。
 これはどちらかというと体よりも頭の中をリラックスさせる方法です。
 体は強い緊張はしていないけど何となく落ち着かない、といった時、
 この方法は有効になると思います。

 人間というのは言葉をそのまま感覚に置き換えるのが苦手です。
 例えば、あなたは今すぐ楽しい気分になって下さい。
 と、言われたら楽しい気分になれるでしょうか?
 おそらく中々難しいのではないでしょうか?

 人間の感覚は体験とセットで記憶されます。
 ですから楽しい気分なりたかったら、
 人生で一番楽しかったことを思い出して下さい。と指示すれば、
 楽しかった体験を思い出して感覚もそれに追随するのです。
 感覚を変えたかったら、
 感覚に紐づく体験を頭の中で思い出してやれば良いのです。 

 さて、本題はリラックスする時にどういう体験を思い出すか?
 私は人生で冷静だった時や、そのままリラックスしていた瞬間を、
 緊張している時に思い出すのが良いのではないかと思います。
 例えば、僕なら囲碁で冷静に相手の石を攻撃した時とか、
 寝る前のリラックスしている瞬間を思い出します。
 リラックスで必要となる感覚を思い出す体験なら何でも良いのです。


リラックス方法3:ツボ押し

 ツボ押しは簡単ながら効果的な対策だと思います。
 緊張に効くツボなどは、こちらなどに良いものがありました。

 なぜツボなどが効くのか?
 西洋医学的・科学的には詳しく解明されていないと思います。
 ツボは気の世界の考え方が主体となっているためです。

 しかし、ツボを用いると、なぜか実際に症状が改善されます。
 その理由を科学的に考えることも大切ですが、
 要は結果が出ればそれでいいわけですから、
 僕はツボを科学的でないから用いないというのは、
 合理的・実戦的な発想ではないと思います。

 ツボは緊張に限らず様々な症状にも対応できますから、
 自分で研究して、効くツボや効かないツボを、
 自分の体で検証するのも面白いと思います。

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2016-07-24

世界は自分一人

「世界は自分一人」

この世界を生きてきて思うことは、
自分は常に一人である。というのが私の感想だ。

これが、どういうことかと言うと、
自分の真の理解者は常に自分だけで、
本来は何事も全て自分で選択しなければならない、
ということである。

私は家族でさえも本当の意味では信頼できていない。
それは自分と親しい人というだけで、
自分と他人という間には非常に厚い壁があると思う。
それは、何事も隠そうと思えばある程度は隠せてしまうし、
常に本当の本音を共有する、ということはできないからだ。

自分と他者は同一の人間である必要はないが、
例え僅かでも、自分と他者が共有する事柄にズレが出ると、
それは後に大きな問題となる可能性もある。

つまり地球で生きる上で、
人と人との完全な相互理解は不可能ということである。
これは別に良い悪いということではない、
互いに理解できない環境であるという事実なのだ。

人と人との間に繋がりのような物を感じる、
というのは確かに間違っていないと思う。
しかし、それはどこか非常に脆く、頼りないものであり、
いつ壊れてもおかしくはないと、私は感じている。

だから、100%安全で安心できる事というのは、
自分という存在の上に成り立っている事だけだ。
自分だけは自分を捨てることはできないし、
仮に自分自身を裏切ったり、捨てることがあったとしても、
それは自分の意図した結果なのだから納得できる。

金持ちだろうが、親しい人が多かろうが、愛に恵まれていようが、
どんなに環境が良かったとしても、
結局たどり着くのは、自分という存在はただ一人。
最後に頼りになる存在は、自分ただ一人ということである。

だから、私は些細な事は他人にどんどん譲ってしまうが、
自分自身に関わる重要な選択を決して他人には譲らない。
それは私の世界を、私の望む方向以外には向けさせないためだ。
私が自分に関わる重要な選択をしている限り、私は安心できる。

安心を得るためには、
常に自分が勇気を持って選択し、決断しなくてはならない。
選択や決断を他人任せにしてしまえば、どうなるかは分からない。
結果を他人任せにしないことが、安心を得るための重要な鍵なのだ。

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2016-07-17

人生は暇つぶし

「人生は暇つぶし」

地球での生というのは、中々厳しいものだといつも思う。
私達はこの過酷な世界で、盲目的な生き方を強いられる。
そのせいか、いつも物事が良く見えないで、
様々な事に一喜一憂しては、同じことを繰り返す。

だが、それほど真面目になる必要はない、と私は思っている。
所詮、人生はゲームであり暇つぶしみたいなものだ。
どういう生き方をしても、そう大きな差はない。
偉人になっても、愚人になっても似たようなものだ。

なぜ、そういうことが言えるのかというと、
人間は皆いつまでも同じ状態を維持することができないからだ。
いずれは老いるし、いずれは死ぬ。
美男美女も数十年もすれば冴えないおじさんおばさんだし。
勝ち組の金持ちも、辛い貧乏も死んでしまえば何も違いはない。
美しく死のうが、悲惨に死のうが、死の事実は何も変わらない。

まぁ最近では、科学の力によって不老不死みたいな夢もあるが、
いつまで生きていたって何が面白いのだろうか?
そのうちには飽きてきっと死ぬだろう。
そういう意味では結局同じことなのだ。

どういう道に進もうと、いずれはリセットして精算する時が来る。
これがゲームとどこに違いがあるというのか。
現実というのは最もリアルなゲームと全く変わらない。
結局人生は死ぬまでの暇つぶしみたいなものなのだ。

だから、あまり人生に対して気負わない方がいい。
神様はきっとあなたのゲームの結果にはそれほど興味がないし、
宇宙にとってあなたの人生には大きな意味はない。
それは私も同じことだ。

だが、どうせゲームをするならなるべく楽しむ方がいい。
それが、この世界で最も賢い暇の潰し方だろう。
あとはなるべく他人に迷惑をかけないで、
生きるために必要なことは、最低限に済ませておけば問題ない。

それに死ぬことは、それほど悲しい出来事ではないと僕は思っている。
残された人に大きな苦労をかけるように死ぬことは、確かに迷惑であるが、
本人にとって死ぬことは、この地球という過酷な環境からの解放だ。
それだけでも僕は羨ましいと思う。

といって僕は死ぬことが素晴らしいと自殺を奨めているわけではない。
どうせ自殺するなら、まず今の自分の全てを捨てでも、
地球にある楽しそうなことを、全部試した後にした方がいいと思う。
それでも死にたいなら、死んでもいいかなとは思う。

理由はゲームに取りそこねた宝箱があると悔しくなるように、
人生の楽しいことを全部試さないと死んだ時に後悔するだろうからだ。
まぁとにかく人生というのはこれぐらい斜に構えるぐらいで丁度いい。
真面目に真面目にと考えるほど、道は狭まる一方だ。

どう生きたって、それほど大きな差はない。
結果は毎回同じで、いつか死んでリセットされる。
それは誰もが等しく同じで、ルールであり権利なのだから。
だったらなるべく楽しい道を歩くことを僕はオススメしたい。

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2016-07-09

人間は変われない

「人間は変われない」

人間は自分の本質を変えることがとても苦手です。

私は私の本質を持っていて、あなたもあなたの本質を持っています。
それが先天的な物でも、後天的に身についた物でも、
今持っている本質を変える、というのは非常に大変なことです。

例えば僕は、あまり人付き合いが好きではありません。
そもそも自分以外の人間を、あまり信用していないので、
他人のために合わせる、ということが基本的に好きではないのです。
だから、僕は生きるための人間関係を必要最低限にしています。

これが良いか悪いか、というのは分かりません。
これが良く働くこともあれば悪くなることもあるからです。
僕は、そういった性格というか本質を持っているので、
それを今更変えようとは思いません。

重要なのは自分の本質に逆らって、
無理してまで今と違う自分を追い求めることは、
果たして良いことなのか?ということです。

僕はなるべく自分を変えずに満足できる手段を探す方が良い、と思っています。
理由としては、自分を変えることが大変ということと、
今の自分を変えることで、新たな問題を作る可能性があるからです。

物事は様々なバランスによって成り立っています。
自分を変えるということは、そのバランスを変えるということです。

どういったバランスに変えようと、弱点は必ず出てきます。
僕の例で言えば、人間関係を少なくすれば、
他人と関わることで生まれる利得や楽しさは、当然減ることになります。
逆に人間関係を多くすれば、人間関係のストレスが必ず生まれます。

バランスを変えれば、新しいメリットが生まれる代わりに、
デメリットも生まれることを、よくよく考える必要があります。

そういったことを考えると、
僕はなるべく自分が持っていないものを得ようとするより、
すでに自分が持っているものから満足できる方法を探す方が、
より安全で楽なのではないか、と思うのです。

僕の例で考えてみると、
多くの人とワイワイしながら楽しむ機会を増やすというのは、
僕の本質を変える必要があるから、大変なことなのです。
しかし、なにも楽しむだけなら、別に人と関わらなくても良いでしょう。

例えば、一人で芸術的な創作を楽しんだり。
様々なことを研究するのも楽しいことだと思います。
逆に言えば、多くの人との関わりを楽しむ時間を減らした方が、
一人で芸術や研究に打ち込みやすいともいえます。

このように自分を変えなくても満足できる方法を探す。
そうした方が自分の負担にならないですし、
結果として同じことなら、難しく険しい道を進まなくても良いのです。

こういった考え方をする時に、最も問題となるのが固定観念です。
自分は〇〇でなくてはならないとか、
どうしても〇〇を持っていなければならない、
そういったことを考えると、柔軟な発想がしづらくなります。

固定観念を解くには、一度立ち止まって冷静になる必要があります。
果たして、今自分が必要と考えているものは本当に必要なのか?
別のもっと楽に手に入るもので代用はできないか?
そもそも、自分が必要と考えていることは本当に自分の考えなのか?
よくよく自分の中で考えて結論を出すことことが大切、と言えます。

今回の記事が皆様の何らかの参考になれば幸いです。

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2016-07-02

下半身の気の重要地点

「下半身の気の重要地点」

今回は高藤氏の書籍の情報を元に、気の考察をしてみましょう。
まず、以下の画像をご覧下さい。



※高藤聡一郎[仙人入門]p.65より引用

この画像は体内の気の循環と位置関係を示しています。
これは、貴重な情報で他では見たことありません。

人間は精・気・神という三つの要素から成り立っている、
と、気の学問では言われています。
「精」は精力の精で物質的なエネルギーです。
「気」は物質と意識の間の中間的なエネルギー。
「神」は人間の意識そのもの。
かなり大雑把ですが、このような関係になっています。

これらは本質的には同一のものであり、
体内で常に変換され、人間自身の維持が行われています。
これらの変換されるポイントが図では示されています。

図の右側の「前丹田」では煉気生精が行われています。
前丹田とはヘソよりちょい下あたりの気海というツボです。
煉気生精とは気を精に変えることです。

図の下側の「下丹田」では煉精化気が行われています。
下丹田はヘソと性器の間ぐらいの位置にあります。
煉精化気は精を気に変えるということです。

図の左側の「後丹田」では煉気化神が行われています。
後丹田とは丹田の背中側、命門という場所です。
煉気化神とは気を神に変える場所です。

この図を見て分かる通り、
エネルギーの変換を行う重要な場所は半分以上が下半身です。
しかも、この三つは気の調整に絶対に必須とも言える場所で、
この三つさえきちんと調整できれば大体体調は良くなります。

なぜなら、下半身の三つの場所をコントロールすれば、
精・気・神の足りない部分を補うことができるからです。
もっと言えば、この三つでそれらのバランスを取ることができ、
その調整には非常に敏感でなくてはいけません。

気分的な体調がすぐれない時、まず疑るべきなのが、
この三つの内のどれかの部分が弱っているかということです。
どこか一つが欠けても精神はマイナスの症状を示します。
逆に言えばこの三つをおさえておけば、
精神活動の大部分のマイナス要素を排除できます。

なれない人は前丹田と下丹田が非常に紛らわしいと思います。
どちらも下腹部周辺にあるので、感覚で見分けづらいのです。

僕は前丹田は大体ヘソ付近に意識をかけます。
これでも大体期待した効果を発揮してくれます。
下丹田はヘソと性器を意識して、その間。という感じで、
感覚を追っていくとやりやすいと思います。

また、この三箇所の内、ある一箇所を強化しようとすると、
別の場所が弱ったりすることもあるので、
常に三つの状態を監視し続けることも大切です。

今回の記事が皆様の何らかの参考になれば幸いです。

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