2017-10-28

一歩先の世界

「一歩先の世界」

今より一歩先の世界はどうなるか?私の予測をお伝えしようと思う。

このブログの読者なら大体予想はできると思うが、
人間の未来においてAIが重要な鍵を握っていることは間違いない。
AIは全局面的に人間の世界を変えていく力を持っているが、
その中でも莫大な影響を与える事の一つが政治だと思っている。

私の持論として最も優れた政治のあり方とは、
国民が政治に関与する民主的な政治ではない。
凡人を遥かに超えた判断力と公平性を持つ存在の絶対王政である。
これを達成可能とするのがAIに他ならない。

おそらく、このような意見を聞いて
理解できないと感じたり、反発したくなる人もいるだろう。
そういう人は今から10年後までの世界をよく見ていて欲しい。
10年後までには私の言っている意味が徐々に実感できるはずだからだ。

以上のような未来を私は確信しているため、
現在の政治のアレコレについてほとんど関心が無い。
せいぜいAI統治までの繋ぎ程度にしか考えていないからだ。
とりあえず現状維持ができれば、後はどうでもいいとしか思わない。

さて、AI統治が訪れるのはそのうちにはなるとして、
AIの管理が進む中、次に来る新たな流れは、どのようなものがあるか?
ここからは確信ではなく推測のレベルになるものだが、
社会主義の復活があり得るような気がするのだ。

社会主義は資本主義と比較して、現在は失敗とみなされている。
しかし、AI統治が進むにつれ話が変わってくると思うのだ。
なぜそのような発想になるのか?
これも単純な話と言える。AIが今の人間の仕事を奪うからだ。
これは起こるかどうかではなく、既に始まっている変化だ。

現在までの社会主義はどう考えても上手くいくはずがない。
人間の労働を代替する物が無いのが大きな要因だったからだ。
しかし、AIがそれを担うなら話は別。
というより、社会としては資本主義のままかもしれないが、
その本質は限りなく社会主義的になって行くだろう。

これは社会主義を主張する人間が増えるせいではない。
自然と社会主義に近い世界に変わっていくことである。
社会主義には社会全体に十分な豊かさが必要になるが、
AIの有無は人間が保有する豊かさに、ものすごい差が存在するわけで、
自然と社会主義的な形態に移行する準備が整うことになるのだ。

これは人間にとって、とてつもなく大きな変化になると言える。
とてつもなく大きな【良い】変化ということだ。
これが僕の求めている宇宙的な社会構造に近づく出来事なのだ。
気をつけて欲しいのはAIの統治が悲しいことでなく、
非常に喜ばしい出来事となる可能性が高いのだ。

優秀な人間も少し未来のAIと比べたらおバカさんなのだ。
道策のような歴史的奇才で、ようやくAIの影を少し踏めるくらい。
それは全ての事柄でこれからAIが明らかにしていくことになるだろう。
難しい問題はAIに丸投げする時代がいずれやってくる。

まぁそのAIを作るのは現時点において優秀な人間ではあるのだが、
そのうちに人の手を離れてAI自身がAIを改良していく流れになるだろう。
それは知性が今までとは遥かに異なる速度で向上していくことを意味する。
我々は自分にとって面白いことだけ追求して行けば良い時代が
もう目の前に迫って来ているのだ。

このような時が一番面白いかもしれない。
あなたは人類の歴史的瞬間を近い将来目撃するだろう。
インターネットの普及よりも遥かに大きな出来事が、
もうすぐ、おそらくあと20年以内に達成されるからだ。

この変化の時代を是非あなたの目でよく見ておくと良い。
AIの躍進は人類の年表にデカデカと載る一大イベントなのだ。

今20歳以上で20年先まで生きる人はラッキーである。
AIが統治する世界とそれ以前の世界を、
一つの人生で体験し、比較することができるからだ。
これは有史の中でも一回限りのレア中のレアな経験なのである。

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2017-10-21

2017年10月の瞑想研究②

「2017年10月の瞑想研究②」

とりあえず今月二回目の研究報告を行うこととする。
今回の変わった点といえば、小周天主体の瞑想から
再びチャクラチューニング(以後CTと表記)にシフトしてきた事だ。

まぁ、特に私のような未熟者は意見が変わりやすい。
なぜなら、常に失敗と変化を繰り返すため、
最終的な結論が出るまで色々道草や試行を繰り返すためだ。

今回、小周天からCTに再び戻ったのは、
それなりの理由があったためである。
それは各所の気の詰まりと気のバランスを考えた時、
小周天よりCTの方が柔軟な対処がしやすくなったからだ。

正直な所、小周天は経絡が開通するまでは重要だと思うが、
ほぼほぼ経絡が開通したらCTに移るのも一案だと思う。
理由としては、小周天における気の流れに固執すると
かえって瞑想効果が出づらくなると私は考えるからだ。

これもその人に依る所は大きいかもしれないが、
例えば陽気を過剰に発生させてしまったり、
一部の気の流れに囚われ過ぎたりするよりも、
常に気のバランスを考えてCTを行う方が、私の場合楽なのだ。

仮に私と同じタイプの人がいるとするならば、
CTから初めて→小周天を実施→再びCTに戻る
現時点ではこのような流れもあっても良いのではないかと思う。

初めのCTは主に小周天の準備としてのCTだが、
小周天達成後からの、CT移行はまたちょっと趣きが違う。
小周天による経絡の開通を目指しているのではなく、
あくまで体の気のバランスを取ることを考えているからだ。

しかし、これは仙道書などには記載されていない。
つまり上記で文面化した内容は、結果的に先人と被っていたとしても、
どの文献も直接の参考にしていない、私のオリジナルの手法と言える。
従っておそらくWeb上でも、ここ以外では見つからないかもしれない。

そもそもCT自体は私が自力で開発したメソッドであり、
そのメソッドと小周天の関係を記した文面が無いのも当然である。
CTは僕が誰にも頼らず開発した最初の武器であるとも言える。
ただ、一周して案外CTも使えるのではないか?というのが最近の感想だ。

毎度のことになりつつあるが、
一旦CTを離れることはあるが、結局元に戻って来ることが多い気がする。
ただ、それも無駄に離れて戻っているというのではなく、
ちゃんと成果を得て、それを再びCTと融合させていると感じる。

8月頃の小周天の研究でもグラウンディングの大切さの再認識、
および六字訣の効果の重要さを確かめることができた。
再びCT(私のホームポイント)に戻ってきた時も、
無駄に戻ってきた訳ではないと思っている。

とにかく瞑想は変化の繰り返しが大切に思える。
最初から結論が分かるということがまず無い。
コロコロやり方を色々試さないと、何が良いかわからない。
特に精神世界は科学的検証が難しい以上、
結果が出るまで他人を頼らず自力で研究し続ける他ないのである。

そういう意味で真面目さと不真面目さの両方を持つことが大切だ。
真面目な遊び心というのも必要になってくるのである。
少し矛盾しているように聞こえるかもしれないが、
長くなるのであえて詳しく説明することは止めておく。
ただ、このような非凡な感性が神秘行の達成には求められると僕は思う。

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2017-10-14

幽体離脱の研究

「幽体離脱の研究」

今回は幽体離脱の研究について書こうと思う。
まず断って置くが、私は幽体離脱を実践していないし、
現状において幽体離脱を実践することは諦めた。
その経緯と研究資料についてお話する。

まず、なぜ幽体離脱に興味が出たか、
それは、幽体離脱を通して瞑想のメソッドを獲得できないか?
と考えたからだ。
ということで、過去に研究用のため確保した資料を読み返した。

幽体離脱の情報源で最も良く出来ていた、と思ったのが下記の本。
「幽体離脱入門」
正直ここまで理論化できているのは驚いた。
技術としてはともかく、幽体離脱の知識はこの一冊でほぼ足りる。

幽体離脱とはそもそも何なのかとか、なぜそれができるのか、
そういうことは上記の本を読めばきちんと書いてある。
個人的に理論として興味深かったのは、
幽体離脱は睡眠時に意識が気絶することなく夢の状態に入ることだ。

肉体と気の体と意識が同一の座標にあると、
睡眠導入時に意識は一旦気絶する。が、幽体離脱はそれがない。
これは意図的にそれぞれの座標を変えておくことで、
幽体離脱を起こすことができるという理屈に繋がる。
そのためのメソッドが書かれているのである。

しかし、この本では大きく触れられていないが、
幽体離脱のデメリットも確かに存在するらしい。
私はこのデメリットが気になり幽体離脱の実践を諦めたのだ。
以下にメリットとデメリットを記載する。

メリット:
 ・現実世界とは違うリアリティのある夢の世界を楽しむことができる
 ・自分の認知できないレベルの自分の中の知識を知ることが出来る 
 ・気の扱い、意識の扱いがさらに上達する

デメリット:
 ・現実の身近な地域の気の世界(アストラル界)を荒らすことになる
 ・頻繁に体脱すると気が漏れ、精神的に不安定になる可能性がある

メリットは魅力的ではあるが、デメリットもけっこう目立つ。
一番気になったのが現実の地域のアストラル界を荒らすことである。
これは、本の中でそういった話が書かれており、
神社とかお寺とかが多い霊気の強い地域で幽体離脱を行うと、
霊的存在から反発を買うというケースがあるらしい。

実はこれ、私についてものすごい当てはまるのだ。
というのも、私の家は周りが神社だらけでかなり危険なのだ。

霊的存在から反発買うとどうなるか?
これは突然金欠になるような出来事が起こったり、
喧嘩を吹っ掛けられたり、事故に遭遇する可能性もあるらしい。
上記の本の体験談では女が家に転がり込んできて、
その女が大家とトラブルを起こし、家を追い出されたとあった。

つまり幽体離脱を実践するなら、そういうことも先に考える必要がある。
上記の作者は、わざわざ幽体離脱とか瞑想用に適した土地を選び、
そこに移り住んでから修練を開始しているとある。
いやいや、現実世界でそこまで投資できませんよ、という感じだ。

結局、デメリットがデカすぎるので、
幽体離脱は出来る出来ない以前に諦めることにした。
あと気になるのは周天法とか光体法とか瞑想系のメソッドを含むが、
そっちの危険性とかの対処は大丈夫なの?という話。

瞑想のような技術である以上、いくつかの危険性が伴うが、
それについての対策はほぼ書かれていない。
つまり問題が起きたら自分で調べて対処しろ、ということだろう。

幽体離脱としての仕組みを研究するのは確かに十分だが、
瞑想技術を含むテキストとしてはいささか不安が残る。
といっても瞑想もきちんとしたテキストはかなり希少な訳だが…
ただ、体脱に関してこれ以上の書籍があるかどうかは不明。

基本的に瞑想に関する体系的な知識は他書籍で得る方が無難かな。
あくまで瞑想の知識がある人が幽体離脱について勉強したい、
そういう人向けに作られていると思えば納得できる
かなり面白い本ではあるので、興味がある人は見てみると良い。

なんか、本の終わりの方に行くと怪しい方向性になっていくが、
最初の体脱に関しての理論的な説明と、
中盤からの体験談を含む技術的な内容は脱帽の一言。
知識として持っておけば、どこかで使う機会はあるかもしれない。

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2017-10-07

2017年10月の瞑想研究

「2017年10月の瞑想研究」

今回の記事において特に大きな成果は無いが、
つらつらと近況および検証中の内容について書こうと思う。

まず、最近気づいたことが六字訣についてである。
今まで僕は六字訣を異常があった時を中心に行っていたが、
どうもこれだけだと異常を検知できないこともあるようだ。

六字訣は内蔵の邪気を良質の気に交換するので、
瞑想家ならずとも健康志向の人間は行うべきである。
これぐらいしか内蔵の気の不調を取り除く手段は無いと思う。
あとは西洋学的に薬物療法に頼るかである。

今回、特に気をつけるようになったのは、
腎臓の六字訣(チョーという発音)と、
心臓の六字訣(ハァーという発音)だ。
この二つはなるべく暇な時に行っている感じだ。

特に腎臓という臓器は人間の根幹に関わる
血液や生殖のためのエネルギーを供給しているので、
誰でもここは丁重に取り扱う必要がある。

といっても、一般人は食べ物に気を使うぐらいだろう。
六字訣は実行も容易、もちろん無料。
病気になる前に六字訣を実践しておけば、
ある程度の危険を回避することが可能だろう。

とかく現代西洋医学というのは予防に弱い。
現代西洋医学が強いのは既にある異常を治すことだ。
あれだけ病気に対して体系化された技術があるというのに、
予防に関して知識を超えた知恵レベルの技術はそう多くない。

六字訣は科学的に実証されずとも、古代人が残した知恵である。
頭が固い人間は知識だけの世界で生きて行くのも良いと思うが、
実戦的な合理家は知恵というものを重視しなくてはならない。

さて、次は別件でもう一点。

陽気の発生させるポイントであるが、
最近はヘソや黄庭というツボだけでいいか、
そのうち丹田に流れるでしょ、的なスタンスで瞑想していたが、
やはりこれはダメのようだ。

ヘソで陽気の熱を点火までするのは良いが、
意識的に丹田に送ってあげないと陽気が体に行き渡らない。
ということで、ヘソで点火する場合、
ちゃんと丹田に流して陽気を練っていくことだ。

とりあえず丹田に流して陽気を練っていけば、
あとは流れに沿って運用していけば良いだろう。
陽気が強くなったらグラウンディング。
各所で陽気が詰まったらそこをチューニング。

この辺は、その人その人によって流れが変わってくるし、
その日によっても気の動きは生き物であるから一定ではない。
常に臨機応変な態度でこちらも対応する必要がある。

技術の進歩はあと一歩の工夫と数多くの失敗の上に成り立つ。
これは科学技術に限ったことではない。
神秘行も成功1%の失敗99%みたいな物である。
数少ない成功の糧が成果に結びつくのである。
そのためには99の失敗と創意工夫が必要不可欠なのだ。

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