2016-07-17

人生は暇つぶし

「人生は暇つぶし」

地球での生というのは、中々厳しいものだといつも思う。
私達はこの過酷な世界で、盲目的な生き方を強いられる。
そのせいか、いつも物事が良く見えないで、
様々な事に一喜一憂しては、同じことを繰り返す。

だが、それほど真面目になる必要はない、と私は思っている。
所詮、人生はゲームであり暇つぶしみたいなものだ。
どういう生き方をしても、そう大きな差はない。
偉人になっても、愚人になっても似たようなものだ。

なぜ、そういうことが言えるのかというと、
人間は皆いつまでも同じ状態を維持することができないからだ。
いずれは老いるし、いずれは死ぬ。
美男美女も数十年もすれば冴えないおじさんおばさんだし。
勝ち組の金持ちも、辛い貧乏も死んでしまえば何も違いはない。
美しく死のうが、悲惨に死のうが、死の事実は何も変わらない。

まぁ最近では、科学の力によって不老不死みたいな夢もあるが、
いつまで生きていたって何が面白いのだろうか?
そのうちには飽きてきっと死ぬだろう。
そういう意味では結局同じことなのだ。

どういう道に進もうと、いずれはリセットして精算する時が来る。
これがゲームとどこに違いがあるというのか。
現実というのは最もリアルなゲームと全く変わらない。
結局人生は死ぬまでの暇つぶしみたいなものなのだ。

だから、あまり人生に対して気負わない方がいい。
神様はきっとあなたのゲームの結果にはそれほど興味がないし、
宇宙にとってあなたの人生には大きな意味はない。
それは私も同じことだ。

だが、どうせゲームをするならなるべく楽しむ方がいい。
それが、この世界で最も賢い暇の潰し方だろう。
あとはなるべく他人に迷惑をかけないで、
生きるために必要なことは、最低限に済ませておけば問題ない。

それに死ぬことは、それほど悲しい出来事ではないと僕は思っている。
残された人に大きな苦労をかけるように死ぬことは、確かに迷惑であるが、
本人にとって死ぬことは、この地球という過酷な環境からの解放だ。
それだけでも僕は羨ましいと思う。

といって僕は死ぬことが素晴らしいと自殺を奨めているわけではない。
どうせ自殺するなら、まず今の自分の全てを捨てでも、
地球にある楽しそうなことを、全部試した後にした方がいいと思う。
それでも死にたいなら、死んでもいいかなとは思う。

理由はゲームに取りそこねた宝箱があると悔しくなるように、
人生の楽しいことを全部試さないと死んだ時に後悔するだろうからだ。
まぁとにかく人生というのはこれぐらい斜に構えるぐらいで丁度いい。
真面目に真面目にと考えるほど、道は狭まる一方だ。

どう生きたって、それほど大きな差はない。
結果は毎回同じで、いつか死んでリセットされる。
それは誰もが等しく同じで、ルールであり権利なのだから。
だったらなるべく楽しい道を歩くことを僕はオススメしたい。

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