2016-12-04

真似ることから道を極める

「真似ることから道を極める」

多くの物事の様々なケースにおいて、その高度な運用を行うには、
自分自身の多用な側面を使い分ける必要があります。

例えば、大胆であり細心であるというのは分かりやすいでしょう。
一見すると、これは矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、
私が分かりやすく注釈を加えてみれば、
発想が大胆であるが、その実現手段については細心である。
このような場合があると言えます。

大胆なだけでは行動が荒い目のようになってしまいますし、
細心なだけでは思い切った決断ができません。
斬新かつ緻密な行動をするためには、
状況に応じて自分を変化させられなくはなりません。

それは言ってしまえば、簡単なことかもしれませんが、
実際に自分に適応するのは困難なことです。
人というのは変化すること自体が苦手な人も多く、
さらにそれを自在に使い分けて、
高精度に状況に適応できる人というのは希少な人種です。

こういう事を行えるようにするには、どうすればいいでしょうか?
まず一つ言えることは、
世の中の出来事は、全てパターンだということです。
ですから、大胆で緻密な行動をしたいと思うのであれば、
既に世の中にある、そういったパターンを真似すればいいのです。

ただ、これは自分自身の能力が飛躍的に高まったわけではありません。
本来はパターンを独創することが理想的な事ですが、
これは、もはや達人の領域とも言えます。
自分の専門分野があるなら、そこだけでも十分すぎると言えるものです。

既にあるパターンを真似することは、独創ではありませんが、
真似する内にその呼吸や、コツを掴む事ができると思います。
例えば、僕は囲碁が好きですから、
常に大胆かつ緻密な碁を打つ、道策という300年前の棋士をよく勉強します。

自分を高度に使い分けることが出来る人間は、
その道であれば、有名であることが多いでしょうから、
やはりそういった人の、真似や勉強から入るのが一番の近道だと思います。

真似するだけでは、とても本当の実力がついたとはいえませんが、
真似をして失敗したり、試行錯誤することが何より大切だと私は思います。
そこに物事を運用するための、コツとヒントが隠されているからです。
真似をした時は、成功よりも失敗した時が一番の勉強になる、と私は思います。
それは、自分と真似る人との違いが何か分かってくるからです。

よく分からなければ、まずとりあえず真似から入ってみる、
このような気楽な気持ちからスタートしてみて、
失敗と試行錯誤と改善を続けていけば、
いつかは自分独自のパターンで道を極めることができる、と私は思います。

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