2017-05-13

地球は原始の世界

「地球は原始の世界」

地球で生きていて、まず思うことはなんだろうか?
僕の場合、地球で生きることはなんと馬鹿馬鹿しいことだろうか。
そんな感想が浮かんでくる。

なぜそんなことを思うのか?
一番の要因は、この地球があまりにも原始的な世界だからだ。
ここは互いが捕食することで成り立つ、という力が支配する世界だ。
これは過去から現在に至っても全く変わらないし、むしろ悪化している。

人類はどうしてもこの捕食のシステムが好きのようだ。
昔は石や棍棒を使って互いに争っていたのだろうが、
今はそれが金や権力に置き換わっただけだ。
互いに争って縄張りを主張する。
見た目が進歩しただけで、本質は地球原始の頃から何も変わらない。

この時点で、まともな存在はやる気が無くなるのである。
全体を見渡せば十分に行き渡る物があるはずなのに、
人一人が生きるのに、最低限の保証を無条件で提供することさえできない。
自分が得さえできれば、他人が何人犠牲になろうが構わない。
こんな状態は明らかにおかしいし、
これをおかしい、と思わないのは地球原始の感覚に相当汚染されている。

しかし、言った所で何も変わらないのが現実である。
それなら勝ち馬に乗れば良い、と思うのも確かに一案かもしれない。
ただ、僕もみたいに愚鈍に徹しているとそうもいかない。
どうせ喰われるなら最後まで愚鈍に徹してやろうと思ってしまう。

なぜ、そんな愚の骨頂を行こうとするのか、
それは死んだ後に「悪いことはしなかった」と、
神様に胸を張って言える存在でありたいからかもしれない。

だが、そんなあやふやな理由だけでなく、当然打算もあるわけで、
人を貶めることに加担しなければ、後が悪くなるはずがない、
という確信があるからだ。
仮に僕はこれから不幸な死に方をするとしても、そこに迷いはない。

人を搾取するような生き方は、金や権力を掴むことはできるだろう。
しかし、どこで大損するか分からない、と、僕は強く感じているのだ。
それを証明などできはしないし、一番大切なことは何も分からない。
この地球においては、本当に重要な事は全て隠されているのだ。

なにゆえ僕はこんな戦場に来てしまったのか?
修行なのか、罰ゲームなのか、ビジネスで来ているのか、
それともちょっと地獄の釜を覗きたかったのか?
だが、それは必ず意味のあることなのだ。
なぜなら、意味が無ければここにいるはずがないからだ。

どんなに無意味に見えたとしても、愚かに見えたとしても、
世界には無意味な事など何一つ存在しない。

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