2017-09-30

目に見えない力

「目に見えない力」

今の世の中に僕ほど馬鹿げている人はいないかもしれない。

世の中は金で動いて、金を沢山持っていることは素晴らしい。
それは当然よく理解している。
それにも関わらず必死で金を得ようとは考えない。
おまけに、そのせいで裕福な暮らしを送ることは困難だ。

なぜそうしているのか、答えは単純だ。
多くの金を得る道を捨てて、別の方向を目指しているからだ。
その方が最終的に得になる、と僕は考えているからだ。

多くの人は目に見える力を重視する。
それは金だったり、社会的地位だったり、権力もそうだ。
なぜそれを重視するかと言えば、これも簡単だろう。
それしか目に入らないから、それ以外が信頼できないのだ。
それも当然の発想だと思う。

ただ、僕は見えない力の方を重視する。
それは徳とか、個人的な資質とか、体のエネルギーとかだ。
なぜ、見えない物を見える物より重視するのか、
これも至極簡単だ。

見える物は必要以上に集めても、人生の苦悩を減らせない。
むしろ必要以上に集めると、かえって余計なリスクを産む。
だから僕は最低限に生きていくための金があれば十分なのだ。
その代わり、見えない力を沢山集め続けることを重視する。

なぜなら、見えない力は人生の苦悩を消すと共に、
自分の豊かな未来を作っていくことの土台になるからだ。
僕にとっての豊かな未来とは、社会的な常識の豊かさではない。
それこそ形は予測できない、豊かな力のある未来だ。

なぜそんな曖昧な言い回しをするのか、
それは見えない力の恩恵は、形が予測できないからだ。
おそらく普通の人はそれを予測ができない不確で不安な将来。
そう思うかもしれない。

しかし、僕から言わせれば逆なのだ。
見える力ばかりに基づいた未来こそ、不確かで不安と言える。
なぜなら、社会がどう変化するかも分からないのに、
現在の社会に基づいた利益のみ優先すれば、
当然、社会が変化した時に自分の現状を維持できるか分からない。

目に見えない力は普遍的なもので、人間の本質に基づいている。
だから社会的な情勢には影響されないし、変化に強いのだ。
当然だろう、人間の本質は人間である限り変わらない。
お金の単位が変わっても、人間は人間を死ぬまで止められない。

だとすれば、目に見えない力だけで生きる能力があれば、
ほとんどの事に心配する必要が無い。
おまけに人生の苦悩まで減って行くのであれば、
僕は当然そちらを選択することしか考えない。

ただ、もちろんデメリットだってちゃんとある。
社会的に裕福に暮らせない可能性が高いこともそうだし、
素敵な異性や子供と生活することも出来ないかもしれない。
しかし、僕はそれを蹴ってでも見えない力を重視する。
それは僕自身が見えない力を持つ事が好きだからだ。

ただ、現代人はあまりにも見えることに囚われすぎている。
多くの事が見えるが故に、見えない事が全く理解できないのだ。
だから、僕は似たような考えを持つ人をネットや文章を除いて、
人生において一人も見つけられなかった。
共感者が異常に少ない、これも大きなデメリットかもしれない。

何を選ぶかは各人次第だが、このバランスの偏りを見れば、
まだ人類は大して進化していないと個人的に思っている。
僕は現人類の自発的な変化には、もはや何も期待していない。
老子や道策のような人間がポンポン出て来るなら話は別だが・・・

だが、それも後少しの辛抱だろう。
近い将来AIを中心とした劇的な世界の変化がやってくる。
僕はそれが現状を大きく変えていくと思っているし、
その新時代の到来を、まだかまだかと楽しみにしているのだ。

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